神流川

 食堂を出ると、たまたま神流川が大学構内を歩いているのが見えた。

 相変わらず長身でスタイルもよく人目を惹く容姿と、無地のTシャツにジーパンというラフな格好のギャップがすごい。カバンなどは一切持たず手には数枚の紙を持っているだけなので、授業ではなく大学の事務局に書類を出しにいくところなのだろう。


 そんな神流川だったが、俺が近づいていくとこちらに気づく。そしていつものように感情の起伏が見えづらい表情で挨拶する。


「奇遇ですね、古城さん」

「大学生が大学で会うのは本来そこまで奇遇じゃないんだがな」

「それはそうかもしれませんね」


 相変わらず神流川はマイペースだ。

 そう言えばあの日以来神流川と会うのは初めてだ。


「……あの、神流川はあの後どうなんだ?」

「どうと言われても相変わらず閑古鳥が鳴いていますね。せっかくならあのマネージャーから口止め料をもらっておけば良かったと少し後悔していますよ」

「いや、カラオケ代出してくれただけで感謝しようぜ。なあ、ちょっと話していかないか?」

「いいですよ、どうせ暇ですし」


 俺たちは大学の中庭のベンチに適当に腰かける。うだるような熱気と照り付ける日差しが肌を焦がし、俺は冷房の効いた食堂を出たことを後悔していた。神流川は暑そうな素振りは見せないが、腕には汗がにじんでいる。


 すでに次の授業が始まっており、周囲の人気は少ない。俺も本来授業はあったが、自主休講することにした。神流川と偶然会うことはそんなにないし、かといって用もないのに連絡をとって会うのも何か違う気がする。


「とりあえずその後の本願寺と御園のことなんだが……」


 俺は配信で見たことや本多から聞いたことなどをかいつまんで神流川に話す。ただ、本多が実は俺のことを好きだった、というくだりだけは何となく恥ずかしかったので話さなかったが。

 神流川はそれを頷きながら聞いていた。


「……という感じだった」

「まあ比較的無難な結末になって良かったですね。自分が関わったことで滅茶苦茶になったらさすがに後味が悪いので良かったと思います」

「そもそも俺たちが勝手に首を突っ込んだだけで元から問題はなかったと言えばなかったからな」

「そういう考え方もありますが、夢に出るほどご執心だった本多さんに対してえらく他人事のように話しますね」

「結局、今の本多に対して俺は完全に他人だったっていうことに気づいたんだよ」

「古城さんが気づかなくても元から完全に他人でしたけどね」


 神流川は冷淡に言う。実際そうなのだから何も言い返せない。

 そこで俺は意を決して、ここ数日間ずっと考えていたことを話す。


「それで思ったんだが、結局今の俺が他人じゃない相手というのは神流川だと思うんだ」

「……」


 俺の言葉に神流川は少し意外そうに目をぱちぱちさせた。

 俺が本多のことをずっと引きずっていたのは紛れもない事実だ。

 しかし先ほど本多に今はもう好きではない、と言われても俺はそこまでショックを受けなかった。

 それは彼女への気持ちをようやく消化することが出来たからだと思う。


 彼女は少し沈黙して、急に頬を赤くする。


「あの、それは遠回しな告白ですか?」

「違う、別にそこまでの意味はない!」

「そうでしたか、それは失礼しました。てっきり昔好きだったけど今は他人の本多さんと、今好きで他人じゃない私との対比ということなのかと思ってしまいました」

「うわあああああ解説しないでくれ!」


 確かに今の流れだとそう解釈も出来なくもないので俺は急に恥ずかしくなってくる。

 これじゃあまるで無自覚に誘いの言葉を振りまいているタラシみたいなじゃないか。


「そういうことじゃない、俺は今まで特に大したやりがいもなく生きてきたけど、今回の件は色々楽しかったから今後も仕事があったら手伝わせてほしい、そう思っただけだ」


 神流川が怪異や霊という自分たちにしか知りえない存在を相手にしているから、その神流川を手伝うことで自分も特別な存在であるというふうに思うことが出来たというだけだろう。

 とはいえそれも一つのやりがいだったし、それに神流川の手伝いをすることで今回みたいに自分一人では触れられない業界や人と巡り会うことも出来るかもしれない。大学のサークルに入るのと同じぐらいの気持ちでやってみてもいいのかなと思うのだった。


「それは困りますね。あなたに給料を出したら余計に私の生活が苦しくなってしまいます」


 神流川は真剣な表情で言った。

 それが本心なのか、実は照れ隠しなのかは表情からは判然としない。


「いや、給料はいらないから」

「本当ですか? それに私と関わって分かったと思いますが、私は自他ともに認める少し変な人ですが」


 今度は神流川はかすかに不安そうに言った。彼女が感情を、特に自分の弱さを見せることはあまりないので珍しいことだ。

 とはそんなことは百も承知だし、ついでに言うなら神流川の変さは「少し」どころではない。


「今更気にしない」


 俺が答えると、神流川は少しだけほっとしたような表情に変わる。


「そうですか。でしたらこれからもよろしくお願いします」

「おお」

「……まあ、よろしくする仕事はないんですけどね」

「そう言えばそうだった」


 せっかく新しい日常の一歩を踏み出そうと思ったが、早速踏み出すのに失敗する。

 まあそれも俺らしいか、と思って俺は内心苦笑するのだった。

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自称巫女神流川奏の除霊録 今川幸乃 @y-imagawa

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