本多

 そしてその後、本多とは大学で普通に再会した。

 どちらも同じ一回生であり、文系だったから必然と言えば必然の再会だったかもしれない。


 ある日一般教養の授業を受けている教室で本多の姿があることに気づき、向こうも気づいた。そして授業後にどちらからともなく俺たちは話し始めた。


「あれからうまくやっているか?」

「うん、ちらほら最近変わった、とか思われてるみたいだけど、大半の人は気づかないか好意的に見てくれていると思う」


 本多の記憶が戻ったとはいえ、俺たちは元々疎遠になっていた関係だからお互い探り探りの会話になってしまう。


「それは良かった……と言いたいけど、ちょっと寂しいような気もするな」


 「ねむの木」のように「俺の好きな本願寺はこうあるべきだ」みたいなことを言うのは迷惑ではあるが、逆に言えばそれだけの熱量を持っているということでもある。


「そんなことないよ、多分言葉にはしてないけど去った人もいると思うし」

「そうなのか?」

「うん。別にチャンネル登録とかツイッターのフォローとかは外してなくても、これまで生配信にコメントくれたり、ツイッターで感想くれたりしていた人で見なくなってる人も少しではあるけどいるし。それに、ソロ配信の再生数はちょっとだけ減ったような気がする」

「そうか」


 もちろんそれは悪いことではあるのだが、ある意味ほっとする。

 それは怪異に憑かれていた本願寺と今の本願寺の差にリスナーがちゃんと気づいているからこそ起こることで、リスナーは本願寺のことをちゃんと見ていてくれているのだろう。


「そういうのに気づくたびに申し訳なくは思ってしまうけど、どうすることも出来ないからね」

「そう言えば本多はエゴサは結構するのか?」

「うん、何だかんだ反応は気になるし。怪異に憑かれた私は……分かるでしょ?」


 そう言えば元の本多はかなりまじめな人だった。自分の配信を見てくれた人の反応は結構気になるのだろう。

 そして怪異に憑かれた本願寺はリスナーの理想像である。リスナーからすればきちんと自分たちを見てくれるVtuberの方がいいに違いない。


「でも、始めた当初ならまだしも今ぐらい人気だと大変じゃないか?」


 物理的な手間もそうだが、様々な大きい感情を向けられることも多いだろう。しかもファンが数万人もいると、仮に好意的な感情を向けられたとしても一人一人に返していくことは難しいに違いない。


 そんなことを話しつつ、俺たちは学食に向かう。

 午前中ということもあって、学食内の人はまばらだった。


「うん。でも今の私にはみそにがいるし、真野さんとも仲直りした。それに他にもVtuberの知り合いも何人かいるから大丈夫」


 何だかんだ今の本多がうまくいったようで俺はほっとする。


「そうだ、『さくみかラジオ』ていうのを始めることにしたんだけど」

「知ってる。というか聞いた」

「え?」


 急に本多の表情が真っ赤になる。

 何万人もの人に配信を聞かれていても、知り合いに配信を聞かれるのは恥ずかしいらしい。俺はそんな本多の恥ずかしっている様子に軽いいたずら心を刺激される。


「というか俺は神流川と本多の怪異について調べる時に、ひたすら本願寺の配信アーカイブ見てたからな?」

「嘘……うわ、恥ずかしい……」


 それまで俺と普通に話していた本多は顔を真っ赤にした。それを見て俺は訳もなく嬉しくなる。自分のことながらまるで小学生男子のようだ。


 しばらく本多は無言になってしまったが、やがてぽつりと言った。


「……でも、見てくれてありがと」


 こういうところは本多らしいと思った。


「そうだ、それで『さくみかラジオ』なんだけど、あれはみそにが怪異に憑かれた私とだけ仲良くしていたのに怪異がいなくなったら疎遠になるなんて嫌だからって疎遠にならないように定期コラボに誘ってくれたの」


 いい奴じゃん。まあ元からそう思ってはいたが。


「そうなんだ、てぇてぇじゃん」

「もう、変なこと言ってからかわないで」


 また本多が照れ始めたので話題を変える。


「そう言えば怪異がいなくなって、性格以外にも配信スキル? とかトークスキルとかは変わらなかったのか?」

「うん、影響はあった。ただ、その間の私の経験も経験としては残っていたみたいで去年に比べて色々うまくなってはいた。まあ、あの後実は憑依中の私の配信を何時間も見返して自分で自分のトークの癖? スキル? とかを頑張って盗んだんだけど」

「それはすごいな」


 まさかそんなことをしていたとか。それで配信で見た感じだとそこまでの違和感はなくなっていたのか。


「もっとも、性格だけは変わってしまったから真似するのはやめるけど」

「それはその方がいいだろうな」


 根が真面目な本多では今までのクズっぽい言動のキャラを貫き通すのは大変だろう。もちろん真面目に努力すれば言動をまねることはある程度出来るだろうが、ずっとそれをやり通すのもまた大変そうだ。


「そうか、それならこれ以上部外者の俺が心配する必要もないってことだな」


 結局俺は中学で別れて以降、本多の人生に関わることは出来ていない。

 今も俺は除霊に少し関わっただけで、それ以外は本多自身の努力と御園や佐紀野をはじめとする今の人間関係で乗り切っている。


 一方の俺の方もいい加減に本多へのこの恋と呼ぶにはあまりにも腐ってしまった気持ちを断ち切ってしまった方がいいだろう。

 が、そこで俺はふと疑問に思う。


「そう言えば怪異って、本多をリスナーが思う理想の存在に修正してたんだろ? 佐紀野について忘れていたのは高校の暗い過去と紐づいているからっていうのは分かるとして、俺はなぜなんだ?」


 ちなみにもしそれだけなら本多はいじめについてだけ忘れて佐紀野のことは存在ぐらいは覚えていてもいいような気もする。

 それも忘れているのは佐紀野が描いた本願寺の初期モデルよりも今の本願寺のモデルの方がいいから、その「今」をより強固にするために過去のことがなかったことになったのではないかと思ったが、それは本多には言わないことにした。そんな推論を聞けば彼女は悲しむだろう。


 すると俺の問いに本多はなぜか少しの間沈黙してしまった。

 やがて少し恥ずかしそうに言う。


「実はあの時、私古城のことが好きだったの」


 急に本多の姿が中学の時の彼女にだぶって見えた。


「……え?」


 突然の告白に俺は困惑する。

 数年越しに重大な事実が明らかになり、俺はしばらく言われた言葉が信じられずに目をパチパチさせた。

 が、すぐに本多は申し訳なさそうに言う。


「ごめん、でも今はそうでもない。もちろん嫌いになったという訳でもないけど」

「そ、そうか」


 そう言われてほっとしたような寂しいような何とも言えない気持ちになる。

 そうだ、数年も離れていて俺から連絡しなかったのだからこうなるのは当然だ。だから不思議とそこまでの悲しみはなかった。

 そんな俺に本多は申し訳なさそうに続ける。


「あの時本当は告白しようと思って呼び出したんだけど結局出来なくて……それで私の初恋はおしまい」

「そうだったのか」


 あの時告白されるかも、などと期待してしまったのは自意識過剰かと思ってしまっていたのでそうでなかったことに俺は安堵する。


「多分私に初恋相手がいることがリスナーの理想像とは合わなかったから忘れちゃったんだと思うよ」

「なるほどなあ」


 とはいえ、本当にその初恋が終わっていたなら別に記憶は消えなかったような気もする。本多のどこかに俺への気持ちが、俺が本多に対してそうだったように消化不良で残っていたからこそ、怪異によって俺の存在は消されたのではないか。

 そんな風に思ってしまっている自分に気づいて俺は苦笑する。


 つくづく俺も未練がましい人間だ。本多は真面目だから俺が近づいても友達ではいてくれるだろうが、こんな気持ちで本多に近づいてもお互い幸せにはなれないというのに。


「そうか、それが分かってすっきりした。じゃあそろそろ次の授業行くよ」

「うん、私も」


 こうして俺は席を立ち、本多と別れて歩き始めたのだった。

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