エピローグ
さくみか
『という訳で第一回さくみかラジオのお時間です~!』
『わぁ~!!!』
『私、御園桜と本願寺美鏡ちゃんはこれまで何度かコラボしてきたけど、色々あって月一で定例ラジオをすることになりました! 今回は私のチャンネルでやってるけど、次回以降はお互いのチャンネル交互にやっていこうと思います!』
『ありがとうみそに。これで毎月会えるね』
『ちょっとやだ美鏡ちゃん、前はそんなキャラじゃなかったでしょ?』
『そうだっけ、あはは』
本願寺の除霊(厳密には除霊はしてないが)から約一週間が経った。
あの日から二日ほど本願寺は配信を休んでいたが、その後また配信を再開した。多分普通のリスナーはたまたま予定があったか、たまたま気分が向かなかったのか、ぐらいにしか思っていなかっただろう。
俺は気になってその時の配信を見た訳だが、配信ごしに見た本願寺はそこまで変わっているようには見えなかった。
ただ意識して見てみると、以前のようにオーバーにクズっぽい発言をして笑いをとりにいくようなことが減った気がする。それに、トークが急にぎこちなくなるな、と思う瞬間がたまにではあるがあった。
外から見ていて分かるということは本人としてもうまくいかない、と思うところはもっとあるのかもしれない。
多分その辺りが怪異の力を封印した影響なのだろうが、実際のところどこまでが怪異の影響で、どこまでが元の本願寺で、そしてどこからが封印された怪異の影響の残りなのかという線引きはよく分からない。おそらく色んなものが混ざり合った結果、今の本願寺になったのだろう。
俺はまるで自分のことのように、熱心に本願寺の配信の感想をツイッターや動画サイトのコメント欄で追い続けたが、大半の人はそんな本願寺の変化を特に気にしていなかった。
もちろん中には「何か印象変わった?」とか「ちょっと疲れている?」と書いている人もいるが、それも少数だったし、それで本願寺のツイッターフォロワーやチャンネル登録者が減ったという様子もなかったのでとりあえずは問題ないのだろう。
というか御園は普通に突っ込みとして言っているのだと思うが、事情を知っている身からすると「前はそんなキャラじゃなかったでしょ?」という突っ込みは恐ろしいのだが。そんなこと言って大丈夫か? と思わず心配になってしまったが本願寺は笑っているので多分大丈夫なのだろう。
ちなみにコメントは、
『てぇてぇ』
『さくみかてぇてぇ』
で埋まっている。
こういう時、コメント欄が平和だとほっとしてしまう。
『ちなみにみそにーは何で私をラジオに誘ってくれたの?』
『そんなの……美鏡ちゃんと一緒にいる時間を増やしたかったからに決まっているじゃないか』
御園は声を少し低めにして言う。
ちなみに御園は男声がそんなにうまくない。
『……じ、じゃあそろそろお便り読もうか』
『いや、ガチ照れしてるじゃん! そこは何か突っ込んでよ!』
どうやらボケた御園の方が恥ずかしくなってしまったらしい。
『まあいいや、じゃあまずは「道端に落ちているガムの包み紙」さんから。「お二人ともラジオ開始おめでとうございます。これから毎月二人のラジオが聞けると思うと楽しみで夜しか眠れません」いや夜寝れるならいいじゃん! はい、「ところでそろそろ夏休みですね。僕は今年は友達と青春十八切符で旅行してみたいと思っています。配信者をしているとあまり関係ないかもしれませんが、何か夏休みの思い出などありますか?」とのことで、包み紙さんありがとう~。と言う訳で友達と旅行なんて羨ましいね』
『そうだね、本当に青春って感じで羨ましいね。実は私の家、転勤が多くてあんまり中学高校で仲いい友達が出来なかったからそういうの憧れちゃうな』
本願寺が何気なく言う。
だが、俺が知る限りでは本願寺が配信で転勤のことに言及するのは初めてだったと思う。何せこれまでその時の記憶はうやむやになっていたのだから。
俺は改めて彼女の記憶は戻ったんだな、と実感して勝手に感動する。
『そうなんだ、美鏡ちゃんも色々大変だったんだね。私はイメージ通りで申し訳ないけど、基本的に休みはずっとゲームしてたかな。でもそう言えば中二の夏休みの時に「Final Quest」のⅤが出て休み中ずっとそれをやっていたら、曜日感覚が狂って二学期の始業式の日をぶっちしちゃったことはあったな』
『え、ゲーム廃人じゃん……』
本願寺がドン引きしている。
ちなみにコメント欄には
『ん、中二の時にFQⅤ?』
『もしかして御園、今大学生?』
などと彼女の設定と時空の乖離をいぶかしむコメントが流れている。
『こほん、じゃあ次のお便り行こうか……えっと、次はにんにん侍さんから。「こんにちは、先日期末試験があったのですが、勉強しなきゃしなきゃと思いつつ前日に配信を聞きながらゲームをしてしまい、無事結果が壊滅しました。お二人は今学生だと思いますが、試験の前などどうしていますか?」とのことでお便りありがとう。やっと学生らしいお便りきたね』
『そうだね』
本願寺が苦笑する。まあ大学生だから学生ではあるのだが。そう言えば御園も年が近そうだが、大学生なのだろうか。
『月並みなことを言うけど、直前にやるのが苦手なら日頃から少しずつやっておけばいいんじゃない?』
『美鏡ちゃん、それはそうだけどコメント欄の人々刺してるよ』
本願寺の言葉に御園は呆れたように言う。
実際コメント欄では
『正論パンチやめて』
『直前に出来ない奴が日ごろから出来る訳ないだろ』
『本願寺、変わっちまったな』
などのコメントが並んでいる。このコメント主は多分ネタで言っているのだろうが、確かにこれまでの本願寺ならこんなまっとうなことは言わなかっただろう。
『ちなみに普段からゲームばっかりしてるみそには?』
『私は試験前だけ要領の良さそうな友達にノートとか見せてもらってるよ』
『それ要領のいい人の答えじゃん……』
本願寺が少し呆れたように言う。
『御園って友達とかいるの?』
『今「御園って友達とかいるの?」てコメントした人ブロックするよ? 私、クラスの頭のいい友達にゲーム貸す代わりにいつもノートとか宿題とか見せてもらってた……いや、もらってるから』
『ん?』
『もらってた?』
すぐにコメント欄には揚げ足取りのコメントが並ぶ。
『いや、自分でやりなよ……』
呆れながら突っ込む本願寺。
これまでならこの突っ込みとボケは逆だったかもしれないのに、本願寺の怪異を封印して以来、御園は本願寺がボケに回らなさそうな話題では率先してボケに回っているというのはすごい。
こうしてラジオは次々と進んでいく。
最初は前に聞いた「さくみか」の配信の時と少し雰囲気が変わっていることに若干の違和感はあったが、次第にそれも俺が事情を知っているが故の気にしすぎではないかと思えてくるのだった。
そしてラジオは進んでいき、終盤に差し掛かる。
いくつかのコーナーをやり終え、御園が最後のお便りを選ぶ。
『それじゃあ時間的に最後のお便りかな。猫太郎さんから、「こんにちは。お二人の配信大好きなのでいつも見ています。自分は今高校二年生なのですが、人間関係でうまくいっていません。クラスの人全員に無視されています。これから夏休みなので一息つくことが出来ますが、新学期のことを思うと今から憂鬱です」ということで、最後だからちょっと真面目なやつを選んでみた』
『あー……実は私も学校でそういう状態になった時があったから気持ちはよく分かる』
俺はついに来たか、と思ってしまった。
『え?』
『美鏡ちゃんが?』
『まじか』
本願寺の何気ない告白に途端にコメント欄がざわつく。
デビュー仕立てのころはともかく、最近の本願寺は明るくてちょっとクズっぽいけど憎めない、みたいなキャラでやってきたからこの告白はリスナーにとって衝撃的なものだったのだろう。
今までの配信で話してきた本願寺の学校生活はクラスの中心にはいないけど憎めないキャラを築いてうまく立ち回っていた、ぐらいのイメージだったに違いない。
そこで俺は御園がこのお便りをコラボ配信で読んだ意図を察する。
おそらく御園は本願寺がこれから少しずつキャライメージを変えていくのを出来るだけ円滑にしたかったのではないか。
御園とのコラボであればソロ配信よりも多くのリスナーが見にくる、というのもあるが本願寺の変化を御園が受け入れていればリスナーもより自然に受け入れやすくなる、と御園は考えたのではないかと俺は思う。
『その時の私も色々辛くて、でもその時に天空綺羅さんの曲と出会ったんだよね』
『あ、綺羅さんのことを知ったのその時だったんだ』
『これはあくまで私個人の経験だから参考になるかは分からないけど、いじめっていじめられている方は深刻だけど、いじめている方は結構何となくでやっているところがあるから案外休み明けには終わっているかもしれない。
もしそれでも終わってなければしばらく学校を休んでみたらどうかな。大学はクラスとかほぼないから虐めとかもないし、休んでる間はそれをモチベに勉強に集中してみるのもありだと思う。それで年が明けたらまた終わってるかどうか様子を見てみたらいいと思う。学校にもよるけど、受験でそれどころじゃなくなるって人もいると思うよ』
本願寺はいつもより少しだけ真剣なトーンで語った。
少なくとも前に似たようなお便りを読んだ時よりは実感がこもった意見になっていると思う。
『そうなんだ……私はそもそもクラスの隅で一人でゲームしているようなタイプだからいじめには関わったことはないけど、この配信で少しでも元気をもらってくれたら嬉しいな』
『うん、今は辛くてもそれがずっと続くことはないと思う』
『……と言う訳でそろそろ一時間ぐらいしゃべったからラジオもエンディングにしようと思うよ。いや~、あっという間だったね』
『そうだね。こういうラジオ形式の配信初めてやったけど結構楽しかったな』
『と言う訳で来月もどこかでやるからその時はぜひお便りをいっぱい送ってね! それでは、お相手は御園桜と』
『本願寺美鏡でした』
『また来月~』
こうして配信は終了した。
よくVtuberの成長を見守るファンのことを「後方プロデューサー面」などと言ったりするが、今の俺はまさにそんな気分だ。
今回の件において当事者は本多だし、友達は御園で、解決したのは神流川であって、俺は本質的には当事者ではない。
本来一ファンに過ぎない俺がああして実際に会って話すことが出来たのはまぐれ、ラッキー、もしくは人生のバグとも呼べるような出来事なのだろう。
今後は二人のことは一リスナーとして応援しようと思うのだった。
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