ガラクタ☆FRIEND

ガラクタ☆FRIEND

俺の名前は『佐々木 幸次郎』

ご想像通り、よく名前をいじられる。最初は近所のおっちゃん、じいちゃんたちだけだったけど小学校高学年からは歴史好きのクラスメイトにもいじられるようになった。

いや、それならいっそ“小次郎”にしてくれよなって思ったこともあったけど歴史の教科書に載らない歴史人物の名前にされても中途半端なだけだからこれでよかったんかなと今は思う。


俺は市内の普通レベルの公立高校に通う高校2年。

身長172cm。体重は65kg。童顔で小柄なわりに筋肉質だって言われる。


血液型はA型。

部活はバスケットボール部。小3のときにテレビで見た、かの有名な日本人NBAプレーヤー田臥勇太に憧れて親にかなりねだって近くのミニバスケットボールクラブに通い始めた。

それからいろんなやつがいろんな事情で辞めていく中、俺は辞めることなく中学でバスケットボール部に入りどんどんとバスケットボールにのめりこんだ。本気でバスケが好きな俺はたまたま実家からも通える距離にあった全国区の高校を選んで進学した根っからのバスケット少年だ。

ただ、まぁ、田臥勇太に憧れていたとはいえ、高校2年の今になっても身長があまり伸びないことはひそかなコンプレックスではあるが。

そんな俺の朝のルーチンはコップ1杯の牛乳を飲むことだ。小3から続けてるのにな…解せぬ…


性格は自分で言うのもなんだが、明るく前向きだ。

打たれ強いし、忍耐強くもある。負けず嫌いでもあるが…それで困ったことはない。

あとはご察しの通り、よくしゃべる。

兄弟は姉と妹がいるのだがこのふたりもよくしゃべる。母さんもよくしゃべるし。

父さんと俺は女系家族の中で肩身が狭く…というわけでもなく、家でもやっぱりよくしゃべる。

そんなおしゃべり家族だけど別に嫌いじゃない。むしろ好きだ。

噂話は好きだけど人の悪口は言わないし、こう見えて秘密もちゃんと守れるタイプだ。


ほんと、17歳にしてすでに楽しい人生だ。

毎日学校へ行くのも楽しみで、話すのも好きだけど誰かの話を聞くのも大好きで

毎日の出来事すべてが新鮮だ。


ただひとつ、気になることがあるとすれば


―――――友人のことだ。―――――


友人と言っても前述したとおり明るく前向きでおしゃべりな俺は誰とでも仲良くなれる。

俺にとったらちょっと喋れば知り合いで2、3回しゃべれば友達だ。

なので部活にもクラスにも先輩にも後輩にも地元にも友人があふれている。


けど俺が気になっている友人ていうのは高校になってからつるむようになった“瀬良 柳”ってやつ。

柳とは高校の入学式でたまたま隣り合わせた。ただ隣にいただけだったが入学式が終わってクラスに移動する間に俺からどんどん話しかけた。

柳は話しかけられることになんだか気まずそうにしてたけど、ちゃんと答えてはくれるし、きっとただの人見知りだろうと思ってあんまり気にしないようにした。

それから俺はいろんなやつと話すようになった。クラスには俺みたいに人見知りしないやつもたくさんいたから新しいクラスでもすぐに友達ができた。

そんな中、柳はつかみどころもなく、なんか心ここにあらずって感じで必要最低限のあたりさわりのない短いやり取りはあるものの数日たっても俺以外のやつと雑談している様子はなく。

なんだか柳だけが世界からぽっかり浮かんでいるような気がした。


そんな柳がほっておけなくて俺は柳とよくつるむようになった。

話しているうちに少しずつ柳のことを知っていった。

母子家庭で小5に引っ越してきた。家は徒歩圏内で徒歩通学している。っていっても徒歩30分らしい。

今まで部活はしてないけど昔少しだけサッカークラブに通っていたこと。

趣味は特にないけど本屋によく行くこと。

高1の最後の方にアルバイトはしていたけどいつの間にか辞めていたこと。

俺から視線を外し窓の外を眺めてそれを話してくれた。遠くを見つめる横顔をみて事情は聴かなかった。

少しずつ目を見て話をしてくれるようになったとはいえ、俺ばっかりが話してるから不安になることもあるけど、時々笑ってくれるようになったからほっとしていた。


高校2年も同じクラス。

新年度、桜並木の下のフェンスに掲げられたクラス表。2年5組の欄に“佐々木 幸次郎”と“瀬良 柳”が並んでいた。並んでいたといっても間に数名の生徒の名前は挟まっていたけど同じクラスであることは間違いない。

「よっしゃ!!」

俺は声に出してガッツポーズをした。柳とまた同じクラスで嬉しい。そう感じていた。


あ、柳は喜んでくれるかな?


一瞬そんな不安が頭をよぎった。その不安をかき消すように頭を振り、顔を上げた。

ざっとあたりを見回すがいつもギリギリに登校してくる柳はまだいない。時間がまだ早いので他の友人も探すことにした。

他の友人のクラスも確認し合い、お互いに一喜一憂しているとひょっこり不安そうにクラス表を見上げる柳の姿が見えた。

少し離れたところで柳をみていると、不安そうな顔から一転、ぱっと表情が明るくなった。

別に俺の名前をみてそうなった保障なんてないけど、それでも俺はなんだか嬉しくて、胸の真ん中のもやもやが少し軽くなって、俺はそのまま柳に声をかけた。

「おーい、柳!今年も同じクラスだな!よろしくな!」

そういうと柳は笑って「うん。よろしく。」と返してくれた。

胸のもやもやはすっきり消えた。


だけど俺と柳の間にはなんとなく1枚薄い壁があって、なんだか寂しかった。

2年生になってからも俺が話して、時々、柳が相槌をうったり質問に答える関係は変わらず。

よくつるんではいたけど、つかず離れずの関係で、相変わらずぽっかり浮かんだような存在の柳が心配で仕方なかった。

そんな柳の様子が変わったのは高校2年のとある日のこと。

学校中が屋上軽音部の噂が広がり始めたころのことだった。


「あの屋上軽音楽部にドラムが加入したって噂知ってるか!?」

昼休み、いつものようにハイテンションにそう聞くと柳は飲んでいた牛乳を少し噴出した。

あれ?なんか変なこと言ったか?

そんな気はしたけど気のせいだろうと受け流し話を続ける。

「…屋上軽音楽部って?」

柳は少し視線をそらしながら聞き返してきた。

“よくぞ聞いてくれた”と思い少し前のめりになり、その質問に答えた。

「2組の三沢と鷹里だよ。

あいつら軽音部を作ろうとしてるみたいだぜ!

それがよりによって鶴じぃに頼みに行ったらしくって、鶴じぃにバンドが組める人数が集まったら申請しに来いって言われたらしい。

1週間っていう期限付きで。」

「ふーん」

いまだ柳は視線を合わせない。けどまぁ珍しいことでもないので特に気に留めることもなくおもしろおかしく続ける。

「っで!おもしろい話がよ!それを言われた三沢が鶴じぃに宣伝したいから練習場所を貸せって言ったらしく、鶴じぃは嫌がらせのつもりか屋上なら構わないって答えたらしい。これまた授業終わりから夕方 4 時までっていう条件付きで!

その日からあいつら屋上で練習はじめやがったってわけ!

鶴じぃも馬鹿だよなぁ…ろくにバンドかどういうものか知らねぇ癖に適当な条件付けて許可しちまうなんて。あと一人見つかればバンドは組めるし、屋上なんかで練習したらうるせぇに決まってるのにな!バンド組んだことねぇ俺でもわかるわ。」

「…そうだな」

心ここにあらず。いつも以上にそう感じた。

けどそれを気のせいだと思いたくて、思い込みたくて、さらに続ける。

「でも三沢はもっと馬鹿だよな!おとなしくしてりゃ平和に暮らせたのに頭もあの色だし、今回のこともあって鶴じぃには相当目付けられてるぜ。この学校で軽音楽部作ろうとするなんて宣伝なんてしなくとも生徒の耳にはすぐに行きわたるだろうし。何より、絶対に入ろうとする奴なんていねぇよな。平和が一番!」

「…」

返事がなくなった。まぁ牛乳飲んでるから返事が遅れただけかな。

そうだ。きっとそうだ。

一呼吸おいてまた続ける。

「…っにしてもドラムで入った奴ってどんな奴なんだろうな?

その演奏聴いたやつの話じゃあ、三沢のギターに負けず劣らずめちゃくちゃだったらしいがすげぇ楽しそうだったんだと。

三沢のギターといえばヘタクソで有名だよなぁ! 1 年のとき昼休みに集会台ひっぱりだしてきてその上で『ロックだぜー!』なんて叫びながらヘッタクソなギターかき鳴らして、ききつけた先生に追っかけまわされてたの今でも覚えてるぜ!あれはもはや伝説だよな!」

柳が少し顔を上げてぼんやりする。

絶対あの日のこと思い出してるよな。食事中に一番に飛び出してった俺。事件の全貌を見届けて席に戻ると柳がとんでもなくドンびいた顔で待ってたもんな。あの顔をみてこいつの前ではもう少しおとなしくしようって誓ったもんな。

「そんな事件起こしてるのに今回認めてもらえたのって一緒に行って頼んだっていう鷹里のおかげなんだろうな。三沢とは真逆であいつ成績優秀な優等生で有名だもんな。口数少ねぇし表情も硬いからちょっとこえーけど。でも三沢の暴走止められるのなんてあいつぐらいだろうし、先生もあいつが部長だったら文句いえねぇだろうしな。」

柳はまたぼんやりとする。

どうせ俺が鷹里のことを“ワシザト”って間違えて大声で呼んだ時のことでも考えてるんだろう。わかってたんなら修正してくれてもよかったにな。

「でも今回はその鷹里も三沢を止めずに同じように活動してるってのが興味深いよな。なんかあったのかな?」

「そうだな…」

「あぁー…っにしてもヘタクソなのに楽しそうな演奏ってどんなだろな?」

「楽しそうね…」

わずかに間があく。やっぱり不自然だ。

先ほどまでは気のせいだと思いたかったのに…俺はじっと柳の横顔をみて続ける。

「ま、いずれにせよ。命知らずではあるよな!」

「そうだな…

ほんとに、命知らずだよな…」

やっぱりおかしい!これは見逃せない。気のせいだと思いたくない。

俺は言わないというのは苦手だ。頑張ればできるけどできればやりたくない。

俺は柳にはっきりと聞いてみる。

「なんか柳!今日はぼーっとしてるよな。いつもぼーっとしてるけどいつも以上に!」

「そうか?」

ようやくまっすぐと目が合う。

でもすっげー怪訝そうな顔。この顔をするときは大抵これ以上踏み入れんなってサインだ。

嫌われんのは嫌だ!俺はここで引くことにした。

「なんかあったら言えよ!お前が悩んでるとなーんか気持ち悪いんだよな。」

「そうか、まぁ…ありがとう。」

「おぅよ!」

俺は笑う。

柳のことは心配だ。気になる。けど柳の“ありがとう”の一言で全部救われる。

柳は口下手だけど意志ははっきりしている。“ありがとう”って言ってくれるときは本当に感謝してくれたときだけだ。

だから、今だって大丈夫。俺たちの関係は変わらない。

それからは他愛のない話をすることにした。


翌日、さらに表情が暗くなった気がする。

いや、気のせいかもしれない。普通のやつならそう思うだろう。でも俺は違う!

俺はこう見えて人の見る目があるんだ!勘は鋭いんだぞ!

そう思ってはいるけれど、昨日以上に柳の心に踏み込めないでいた。


今日も当り障りのない会話をして過ごす。

当り障りなく、時間が過ぎるのを待つ。

なんだか…少しだけ寂しいな。


放課後、終礼の挨拶とともにいつものように教室入り口から大声で柳に挨拶をして教室を出る。

俺の大好きな放課後だ!部活の練習はきついけど、大好きなバスケがどんどんうまくなるのは嬉しい!俺の生きがいだ!そりゃあ誰かと話すのは楽しい。でも、バスケがなければ生きている意味はない。そう思えるくらい俺にとってバスケを大切なものなんだ。


あいつは…

柳は…そんな生きがいあるのかな?


教室を出る瞬間、柳が担任に声をかけられている姿が見えたような気がした。

これも…気のせいかもしれない。

俺はそれ以上考えないようにして部活へと急いだ。


翌日。柳は明らかに元気がなかった。いつも声は小さいし口数だって少ない。

でも明らかに落ち込んでいる。

昼休み。本日何度目かの大きなため息。俺のも何かできることはあるかもしれない。

っていうかこんなあからさまに落ち込んでいてもう無視なんてできるはずがない。

朝練に来る途中のコンビニで買ったサンドイッチを一口かじり俺はまっすぐに聞くことにした。

「なんか柳、元気ない?なんかあった感じ?」

「いや、別に。」

柳はいつもと変わらず、そっけなく短く答える。

別に何か期待したわけじゃないけど、俺だってちょっとでも柳の力になりたいって思って聞いたのにこうも相変わらずそっけないとポジティブな俺でもちょっとを傷つく。

「ふーん…ならいいけど…」

俺もできるだけ明るく変わらず。でも短く答えて窓の外を眺める。

大人気ねえな。ま、大人じゃないからいいけど。

柳が一瞬こちらを見た気がしたけど、何も言わずにお母さんの握ってくれたであろうおにぎりをほおばっていた。


そして今日も俺はいつも通り他愛もない話をする。

なんだかなぁ…ちょっと寂しい…


そんな気持ちを見せないように話す。ふと時計をみると次の授業まで10分を切ろうとしていた。

「あ、次の化学って移動教室じゃね?今日は実験室だったよな。うぇーめんどくせー。」

そうやっていつもの調子に戻していく。

でもやっぱり柳の顔はまっすぐに見れなくて、俺はぶつぶつ文句を言いながら自分の席へ戻って準備を始めた。


なんだろ。

今日はすっげーもやもやする。

2年の始業式の日よりもずっともやもやする。


俺は科学の授業の準備を済ませ教室の入り口へ向かう。

「おーい、柳、行くぞー!」

もやもやを吹き飛ばそうとようやく準備が整いそうな柳を呼ぶ。

やつは「おー」とやる気のない返事をして、こちらに近づいてきた。


実験室は例の屋上軽音部の活動する特別校舎の3階。

相変わらず他愛のない会話をしながら実験室へと向かう。会話といってもいつも通り、俺が話してそれに柳が相槌をうつ。

他の奴らから見たら俺たちはどんな風に映ってるんだろうな。


「あれ?セーラ!廊下で会うなんて珍しいね!」

階段の先から聞こえてくるひときわ明るい声。俺のことではないな、なんて無視して進もうとすると隣にいた柳が急に立ち止まった。

あれ?振り返って柳に声をかけようと口を開いたが声は出ずに止まった。

柳が幽霊でもみたような顔をしていたからだ。おそらく階段の先、今俺の前にいるであろう声の主をみている。

今まで見たこともないその表情に息をのむ。

このまま声をかけるべきか…

一瞬が永遠のように感じる。

そんな俺たちの空気を気に留めることもなく声の主は続ける。

「隣にいるのはお友達?」

その質問が柳にされたと確信し、俺は声の主に振り返る。

三沢健太。

今もっぱら有名な奴だ。

その後ろには鷹里宗義もいる。二人の会話に入ってくるでもなく静かにこちらをみている。

なんでこいつらが柳に話しかけたんだ?

その答えにたどり着く前に柳が慌てて答える。

「え、あ、その、同じクラスのやつ」


…ッ


あれ?なんだ?なんかもやもやが濃くなった。

どうしたんだ?らしくない。

柳は何もおかしなことは言ってない。事実を述べただけだ。

気にしすぎだ。考えすぎだ。

それよりも、後ろで柳が困っている気がする。鷹里は話に入ってくる様子もないし、俺がこの微妙な空気をなんとかしてやらなきゃな。

なんせ俺は自他ともに認めるムードメーカーだからな。

「おう!俺、佐々木っていうんだ。よろしく!」

そう言って俺は得意の人懐っこい笑顔を見せながら階段を数段進み三沢の前に並んだ。

「佐々木くん!俺は三沢健太!ケンでいいよ!よろしくー!」

そういって三沢は右手を差し出してきた。

差し出された右手をしっかりと握り返した。

「知ってる。お前いろいろ有名だもんな。」

「ほんと!?有名だなんて照れちゃうなぁ」

三沢はわかりやすい。目立ちたがり屋で空気の読めないやつだって言われてるけど俺は嫌いじゃないと思った。

「佐々木!そろそろ急がないと!あと5分しかない。」

そういって俺を急かすように柳が先に階段を上り俺たちを追い抜いていく。

「あ、やっべ!じゃあな三沢!軽音部の件、俺はバスケ部があるから協力してやれねぇけど応援してるぜ!」

「ほんと!?ありがとーう!」

俺が三沢の手を放し、先へ急ぐ柳のあとを追った。俺たちが動き出したのと同時に鷹里も動き出し、俺たちを振り返り手を振る三沢を「行くぞ。」と急かす。

「じゃーねー!」

三沢がもう一度俺たちに手を振るのに同じように笑顔で手を振り返して答えた。

柳は一切振り返らない。

そして、俺は柳の背中に問う。

何か変わるかもしれない。そんな小さな望みを込めて。

「柳ってあいつらと知り合いだったっけ?」

「たまたまだよ。」

返ってきたのはいつもと変わらない静かでそっけない一言だった。

先ほどまでのもやもやがよみがえる。


――同じクラスのやつ


柳のその言葉が自分の中で何度も繰り返されてイライラした。

心の中のもやもやが真っ黒い塊になった。


俺は変わらず人懐っこい笑顔で他愛もない話をする。

「じゃーなー」

「おー」

そうして、また変わらない一日を過ごした。

ただ、ただただ時間が過ぎるのを待った。


昔からそうだ。

人の顔色を見てしまう。

当り障りのない会話をして、当り障りのない対応をして、

そうやってできるだけ嫌われないように、できるだけ目立たないように、

できるだけ…できるだけひとりにならないように過ごしてきた。


誰とでも仲良くできる。

浅く広い人間関係。

誰にでも笑って誰にでも話しかける。


“佐々木はいいやつだ。”

“佐々木は悪い奴じゃない。”


つまりそれは…みんなが俺に興味がないということ。

それ以上に俺がみんなに興味がないということ。


いや…そんなことはない。ないんだ。なくなったんだ。

空っぽな瞳で遠くを見つめるあいつと出会ってから。

柳のことが放っておけなかった。

いつもみたいに当り障りのない学校生活を送るために適当に話しかけたやつが

見たことのない空っぽな瞳をしていて、なんだか自分の心を見ているようで放っておけなくなった。


俺たちは似ている。空っぽな二人。

話しかけているうちに俺の空っぽは満たされていった。

俺は少しずつ少しずつ満たされていった。

なのに…それでも柳は遠くを見つめ続けた。


それでもいいと思ってた。

柳が俺にくれたものは変わらない。俺はこれからも柳にはなし続ける。

でも、最近の柳は空っぽじゃなくなっていくのにとても苦しそうで辛そうで…

俺もつらかった。

だから何かできればと思っていたけど俺にできることはやっぱり当り障りのない会話だけで

自分の無力感に押しつぶされそうになった。

柳のおかげで少しずつ満たされていたのに、やっぱり変わらず空っぽなままの俺。

当り障りなく過ごしてきた空っぽな俺が柳にあげられるものもまた空っぽだった。


それでも俺は柳と一緒に居たいんだ。

それでも俺は柳が大切なんだ。


俺たちはきっと何も変わらない。

良くも悪くも変わらない。

いや、大切に思ってるから変えたくないんだ。一緒に居たいんだ。

変わらなければ一緒にいられるならそれでもいい。



休み明けに再会した柳はなんだか様子が違った。


「柳なんかあった?」

「え?」

「今日ずっと百面相してる。」


空っぽな瞳はどこへやら豊かな表情をみせる瞳をする柳がいた。

それでもまだ苦しそうで、辛そうで、まだ一歩なにか踏み出せない様子がうかがえた。

時々かばんの中をのぞいては苦しそうな顔をしている。

俺が近づくと慌ててかばんをしまう様子からもきっと、大切な何かを隠しているんだと思う。

そんなに必死に隠しているものを教えろなんてそんな無神経なことを言えるはずも、言うつもりもなく、俺は気づかないふりをして今日も話しかける。


“俺は柳が大切なんだ。”


その気持ちを込めて一歩。

もう一歩、勇気を出して近づいた。


「うわっ!!」

放課後。

珍しく静かにのぞき込んだせいか柳は大きな声を出す。


うざがられたらどうしよう…


そんな柳を気にする余裕もなく俺は不安を抱えたまま言う。

「じゃあな柳。なんかあったら言えよ。」

そういった俺に柳は少し戸惑った表情をみせたあとすぐに

「うん。ありがとう」

といった。


驚いた。

初めて柳が笑ってくれた。

お礼なら何度か言われたことがある。だけどいつも変わらない表情で視線も合わないことがほとんどだった。


だけど、今日は違う。

しっかり目を見て、わずかに視線を緩ませ、わずかに口角をあげた表情。

他の人にはそれが笑っているようになんて見えないだろうけど、俺にはわかる。

柳は俺に微笑んでくれた。


今にも叫んで走り出したくなるほど嬉しかったけど

その衝動をぐっとこらえてそれ以上は何も言わず柳に手を振って部活へと向かう。

できるだけ自然にゆっくりと部活へ向かった。


きっと…

きっと柳も悩んだんだろう。

マイペースだけど気遣い症で他人想いの柳が空っぽな自分に気づいていないはずがない。

このままじゃダメだって考えたに違いない。

何かきっかけがあったんだと思う。

とっても大きなきっかけ。

そのおかげで、ただただ時間を過ごすだけじゃいられなくなったんだと思う。

ぽっかり浮かんだみたいな柳が、ようやく同じ世界に足をついてくれたみたいな。

この世界を選んでくれたみたいな。

俺もいるこの世界を選んでくれたみたいな。

そう思うだけで不思議な高揚感が俺を包んでくれた。


柳の悩みが早く解決すればいいな。

そうしたら、今度は誘ってみよう。

休みの日に隣町にできたショッピングモールにでも行こうぜ。って


「おい佐々木?なんか聞こえねぇか?」

放課後。部活中。

いつも通り外周をする俺に同級生の部活仲間が声をかける。

そういわれて耳を澄ますと聞こえてくるのはギターの音。

いつもの放課後軽音部じゃないか、そう答えようとするとさらに聞こえてきたのは鶴じぃの怒る声。

予感がして俺は同級生をおいて走るスピードを上げた。


校門を入ってすぐ、屋上軽音部の校舎の下には人だかりができていた。


柳がいるかもしれない!


そう思って人混みへと向かうが柳は見つからない。

「柳…!!」

声をあげるが派手なギターと重いベースの音が鳴り響き俺の声は誰にも届かない。


柳、どうか傷つかないでいてくれ!


そう強く願った瞬間、爽快なドラムの音が鳴り響く。

その音にハッと顔を上げると屋上とその向こうの青い空が目に入った。

「柳…」

あたりを包み込む人混みの大歓声。

「やべー!!!超やばかった!!!」

「おう!まじやべー!!俺、生でバンド聞くの初めてだったけどめっちゃ興奮した!」

「え、待って!今の声って三沢くんだよね?」

「え!?あの三沢くん?めっちゃ歌うまかったんだけど!」

「ってかドラムも粗削りだけどうまかったよな!?え、これから超楽しみなんだけど!」

「わかるわー!最近創部したってことは始まったばっかってことだろ?どうなってくかマジで楽しみ!」

この大歓声は…屋上までしっかり届いているだろうか…

そんな派手な瞬間もつかの間。

屋上からは聞いたこともないほど怒りを込めた鶴じぃの声がした。

人混みの全員が息をのむ。

いつの間にか追い付いていた先ほどのバスケ部の同級生が俺の隣で「やべー…」っと小さく声を上げる。


俺は黙って様子を伺う。

先ほど同様、どうか、どうか…と願いながら。


「あの!!」


聞こえてきたのは予想外に…いや、予想通り柳の声だった。


「あ…あの…俺、自分で何かを決めることができなかったんです。」


俺は静かに柳の声を聞く。


「今まで何かに夢中になったこととかなくて、あ…いや…1回だけ夢中になったことがあったけど

続ける勇気がなくて自分で決めたことの責任をとるのも怖くて人のせいにしちゃって…

それから夢中になることが怖くて

ただ…ただ時間が過ぎるのを待つだけの毎日でした。」


震える声。

俺はギュッと拳を握る。


「自分で決めたことを始めることはわがままと思われるかもしれないけど、それはわがままではなくて…

っていうか、ただのわがままではなくならせることもできるって教えてもらって。」

「んん?お前は何を言いたいんだ?」


全校生徒が恐れる鶴じぃにひるむこともなく。


「え…あ、あの!つまりは!

俺!自分で決めたことで一生懸命になりたいんです!

俺!こいつらと一緒に軽音部がやりたいんです!

これはケンのためでもない!ムネヨシのためでもない!

俺が、俺自身が自分で決めたことなんです!

だから俺からも!お願いします!!」


柳は自分の気持ちを言い切った。


「言いたいことはそれだけか!?」

「はい!」


そう言い切った俺の友達は最高だった。


【うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!】


「いえーい!屋上軽音部最高だぜー!」

「鶴じぃ打ち負かすとか気持ちいいー!」

「おめでとー!ライブ楽しみにしてるからな!」

「セーラ!誰か知らねぇけどお前の青春スピーチ最高だったぜー!」

「まじそれなー!応援してるからなー!」

先ほどの何倍もある大歓声。


校長とのやりとりも乗り切った柳たちに贈られるのは生徒たちの大歓声。

「よっしゃあああああ!!!!!」

俺も大歓声に混ざって大声とともに屋上へ向かってガッツポーズをした。


…始まった。


心の中でそうつぶやきながら俺は空を見上げた。

見上げた空は真っ青で気持ちいいほどにまぶしくて

今までの人生で一番、全力で笑った。


その翌日から俺たちの日常は変わった。

「セーラ!青春スピーチ最高だったぜ」

「瀬良くん!ドラム、すごいかっこよかった!応援してるから!が、がんばってね!」

「お、おう。ありがとう。」

柳と廊下を歩いてるとそう声をかけられる姿をよく目にするようになった。

柳は相変わらず不器用で表情も変えずに少しそっけなそうに答えてるけど。

かなり喜んでる。

ずっと柳をみてきた俺だからわかる!視線は泳いでいるけど緩んでいてわずかに頬を染めて、わずかに口角が上がっている。

そんなとき俺はすかさず「柳、嬉しそうだな。」って笑いかける。

「おう。」ってものすごく低い声でぶっきらぼうに返されるけどさらに口角があがるのを俺は見逃さない。

そんな柳をみるのは俺も嬉しい。


他にも変わったことがある。

柳から話しかけてくれるようになったことだ。

いつものように俺が柳の元へ行くと軽く挨拶をしたあと柳から話始める。

もちろん俺はそんな柳よりもやっぱりよくしゃべるから…きっと柳は気づいてないけど。


柳たちは近隣住民の謝罪へ行ったり、音楽室の掃除をしたりしているようだ。

謝罪周りで鶴じぃがへとへとになっててちょっと清々したとか部室としてもらった第2音楽室の掃除が大変だとか三沢がにぎやかでうるさいけど明るくなれるだとか鷹里が意外と腹黒いから面白いだとかそんなときにもいろんな奴が応援してくれて嬉しいだとか…


きっと柳は気づいてないけど、すごく幸せそうに話すんだ。

心底うれしそうなまっすぐで素直な笑顔で。


その笑顔を見ていると俺まで嬉しくなる。

まるで認めてもらえたみたいな。

俺がここに居てもいいって…認めてくれている気がするんだ。


俺は…俺たちはそれぞれが不良品で、集団になじめず

空っぽで世界から取り残されたみたいにただそこにあるだけの存在だった。

だけどお互いに出会って、なんとなく一緒に居て、

偶然、隣り合わせただけの存在だったのにいつの間にか一生懸命に生きるお互いの姿に惹かれ合ってた。


そんなガラクタみたいな俺たちも今日を必死に生きている。


俺たちはきっと何も変わらない。

良くも悪くも変わらない。

いや、大切に思ってるから変えたくないんだ。一緒に居たいんだ。


俺たちはきっと何も変わらない。

俺たちはきっとこれからもお互いを大切に思うんだ。


「あ…」

「あれ?」

「あ、佐々木」

「おう!柳!お、噂の青春軽音部がそろってるってことは部活か?」


放課後。部活中。

外周終わり、体育館下の廊下でばったり柳たちに会った。

いつもの心地いいローテンションで話しかけてくる柳。いつもの心地いいハイテンションで返してやる。


「うん。今終わったとこ。」

「そっか。」


そういって俺は笑った。

鷹里と一緒に黙って俺たちのやり取りを見守っていた三沢が俺に声をかける。


「君は確かセーラの…」


俺は以前、柳が言ったように「クラスメイト」と答えようと口を開くが

俺よりも早く、そして至極当然のように柳が答える。


「うん。親友だよ。」


少しの間、

俺は高鳴る胸の音を感じながら全力の笑顔でハイテンションに答える。


「おう!親友だ!」


お前の親友になれてよかったよ。

俺も少しはお前の世界を救えたか?


ほら、俺たちの友情が始まる。

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