女子小学生が考えた回文がおかしい件

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回文

『日常生活で使用できる回文を作ろう』


 そんな宿題に頭を悩ませること早2時間。

 小学5年生の少女、飯島幸いいじまさちは頭を沸騰させながら懸命に難題へと挑んでいた。時刻は既に夜7時をまわったが、依然回文は全く思い付かなかい。

 やっとの思いで考えた「食べた」「ダニだ」「カサカサか?」の三つは低レベルで、これを引っ提げ意気揚々と月曜日登校出来る自信はない。考えた回文はクラス全員それぞれ一個発表しなければならないからだ。それを考えると今から気が重い。


「......うーん」


 ショートヘアの先端を指先でくるくるいじりながら、幸はどうしたものかと考える。

 ふと頭に浮かんだのは、こういう、国語の宿題が得意な友達の顔だった。

 幸はスマホの連絡先から「恋原未来こいはらみく」の文字を探しタップする。4コールの後、未来は電話に出た。

 事情を話すと、未来は了承してくれた。こうして幸は、宿題を手伝いに来てもらう約束を取り付けた。



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 そして日曜日。幸は未来の到着を自室で待っていた。

 時刻はちょうど十二時。「ピンポーン」というチャイムが測ったかのように鳴った。

 幸は自分の部屋から階段を降り、玄関に向かう。

 そうして玄関の扉を開けると、ポニーテールの小柄な少女が立っていた。夏休み明けとはいえまだ暑いらしく、顔が汗で濡れている。

 目が合うと、嬉しそうな表情をして家の中に入って来た。そのまま二人で階段を登り、幸の部屋へと入っていく。

 そうして幸はベッドに、未来は床のクッションに座る。


「そうだ。お菓子あるから食べても良いよ」


 言って、幸は自分の机の中から長方形の箱を2つ取り机の上に置いた。


「チョコボールだけど」

「食べる〜。チョコボールってウサギのうんこみたいだから好きなんだ」

「『だから』の意味が良く分からん」


 珍妙なことを言いながら黒い丸をパクパク食べる未来。幸の食欲が少し失われた。


「チョコボールってCMソングが耳に残るんだよね〜」


 黒玉を食べながら未来が言う。


「あぁ、クエクエクエって言ってるやつでしょ?」

「狂え 狂え 狂え チョコボール♪」

「何の歌だよ」


 狂え狂えって聞こえてるなら、狂えと言われずとも既に狂ってると思う。そんな狂歌きょうかを呪詛みたいに口ずさみながら黒い玉を食べる未来。

 そうして何個か食べ終わったところで、未来はおもむろに口を開いた。


「ところで、さっちんはなんで宿題で悩んでるの?」

「だって、回文なんて考えたことないんだもん」

「ほうほう」

「『日常生活で使える』回文を作るってルールのせいで余計難しいし。よければ未来が考えた回文を参考に見せてくれない?」

「もちろん!」


 自信満々にそう言って、未来は持って来たノートに書かれた回文を読み上げる。


「まずは、内臓で作られた風鈴から音が聞こえてきた時に使う回文だよ」



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      音色グロいね


      ねいろぐろいね


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「音色グロいね」

「うん。しっかり回文になってるでしょ」


 当然ながらそういう事を言いたいわけではない。日常生活で使う回文という前提から大きく逸脱している。


「内臓の風鈴ってなによ。音鳴らないじゃん」

「風で風鈴が揺れるたび『ブチュブチュ、 グジュグジュ』って心地良い音が聞こえてくるよ」

「耳障りすぎるだろ」


 自信満々に言う未来だが、クラスメイト全員の前で「ねいろ、ぐろいね!」なんて意気揚々と読み上げる勇気は幸にはない。(未来は狂っているので、その勇気があるらしい)


「もっと日常生活で使える回文作ってないの?」


「それじゃ、サイコパスをスパリゾートに呼び込みたい時に使う回文はどう?」

「日常生活にサイコパスは出てこないんだよね」


 一切腑に落ちていない幸を放置し、未来は回文を読み上げる。


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     サイコパスよ、スパ来いさ


     さいこぱすよすぱこいさ


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「確かに回文にはなってるけどさぁ......」


 グロいとかサイコパスとか、あんまりクラスメイトの前で言いたくない。


「もうちょい楽しい回文ない?」


 たまらず幸が聞く。未来はノートを何ページもめくりリクエストに合う回文を探す。


「だったら『夕食付きのサンバカーニバルに友達を誘う時』の回文とかあるよ」

「日常生活で使わない件はもう触れないでおくね」


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    行かん? サンバの晩餐会


    いかんさんばのばんさんかい


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「おお......」


 なんか、回文自体は結構凄いせいで「これダメじゃない?」と言えない。

 そんな幸の複雑な感情をよそに、未来は次々と回文を読み上げる。


「次はパチンコで馬鹿みたいに負けた時に使う回文だよ」

「誰の日常なの?」


 ブラジル人サイコパスパチンカーの日常?

 そんな幸の腑に落ちなさは完全に置いてけぼりに、ブラジル人サイコパスパチンカー未来は回文を読み上げる。


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     台パン安パイだ


     だいぱんあんぱいだ


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「台パンが安パイな場面はなくない?」

「幸せなら手を叩くけど、不幸なら台を叩くんだよ......」

「出禁じゃん」

 

 そんな幸の反応を知ってか知らずか、出禁の未来は突然、何かを探すように回文の書かれたノートをめくり始めた。


「そういやさっちんって音楽好きでしょ? 歌手の回文もあるから読んであげる」

「本当? ちょっと興味あるかも」


 未来はノートを何ページかめくったのち、該当の回文をみつけたのか手を止めた。


「えっと、五木ひろしの回文なんだけどね」

「チョイスが渋いんだよなぁ」

「超面白い回文なんだよ。なんと、心も体も疲れ切り限界を迎えた五木ひろしの回文」

「ぜんぜん面白くないよ?」


 人が苦しんでるだけの回文じゃないか。しかし、面白いか面白くないかに関係なく、未来は回文を読み上げる。


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    五木氏、心身、四肢キツい


    いつきししんしんししきつい


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「悲しすぎる」

「あとは、不眠で限界を迎えた米津玄師を気遣う回文もあるよ」

「限界を迎え過ぎじゃない? 歌手」


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    よう、米津。まず寝ようよ


    ようよねずまずねようよ


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「あとは『ヨルシカ知るよ』ってのもある」

「それがいいわ」


 だんだんと怪文めいてきた未来の回文披露はさらに調子付いてきたらしく、続いて次ページに書かれた回文も読み上げる。


「あとはね、芸能人関係で『ウド鈴木が指揮する騎士道』についての回文もあるよ」

「ウド鈴木と騎士道、絶対無縁だよね」

「いいからいいから」



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       ウド指揮騎士道


       うどしききしどう


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「どんな騎士道なの? これ」

「えっ?」

「えっ? じゃなくって」

「次はドラマチックな回文なんだけど『闇の中で砕け散った佐竹さんを、間宮さんが優しく抱きしめる』って回文はどう?」

「声が届かなくなっちゃった」


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 闇間やみま、砕けた佐竹抱く間宮


 やみまくだけたさたけだくまみや


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「どう? 結構長めの回文だよ」

「砕けた佐竹ってなに?」

「私に聞かないで」

「生みの親だろ」


 いよいよ産むだけ産んで放置する回文の不法投棄が始まった。これは近年社会問題になっており地球温暖化の最たる原因と言われている。

 

「次はクソな王様の軍隊の規則だよ」



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      クソキング軍規則


      くそきんぐぐんきそく


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「ちなみに『クソキング軍』って言葉はあるの?」

「私が生んだ」

「やっぱ無い言葉じゃん」

「クソキング軍規則その1:カルピスは水1に対して原液2の割合が一番美味い!」

「濃すぎるだろ」


 その軍、多分病気になる。


「次はね、あの画家のダリが、鬼滅の刃グッズに興奮する時に使う回文だよ」

「時代設定どうなってんだ」



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     ダリ「鬼滅の爪切りだ!」


     だりきめつのつめきりだ


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「すげーテンション上がってるじゃん。ダリ」

「ダリは自らを『時計溶かし柱』って呼んでるらしい」

「あの絵しか知らない人のネーミングセンス」

「じゃあラスト! 呪われたシルクの名前」


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       苦しみ忌みシルク


       くるしみいみしるく


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「呪いのアイテムだ......」


 しかし、未来はどうしてこんなにもよくわからん回文が思い浮かぶのだろう......

 幸はあきれを通り越し、段々と感心を覚え始めた。


「でもまあ、これだけ思いつくのはすごいよね。悔しいけど、私じゃ回文なんて全然思いつかなかったもん」


 散々ツッコミは入れて来たが、どれも長文でかつ、意味の通っているといえば通っている回文。何も思いつかない自分よりはよっぽど凄い。幸は思った。


「良ければ提出しない回文一個あげよっか?」

「それはダメだよ。宿題丸写しみたいなもんだし......」


 普段算数の宿題を見せないようにしている(自分でやらないとタメにならないから)手前、ここで甘えるわけにはいかない。


「私の『苦しみ忌みシルク』あげるよ」

「苦しみ忌みシルクだけはいらない」


 クラスメイト全員の前で意気揚々と「くるしみ! いみしるく!」なんて言ってしまったら最後、あだ名が『苦しみ』とか『忌みシルク』になってしまう。それよりも、むしろ知りたいのは......


「ねぇ、未来って回文どうやって作ってるの?」


 そう、知りたいのは回文の制作方法だ。幸が聞くと、未来は少し考えてからおもむろに口を開いた。


「うーん、数打ちゃ当たるで作ってるかな」

「かずうちゃ?」


 幸が首を傾げる。


「例えば......さっちんなんか本貸して」


 未来に言われた幸は部屋を見回す。普段本を読まないので、ランドセルの中から国語の教科書を取り出し渡した。未来はそれを開き幸の方に向ける。


「じゃあさっちん。教科書を斜め読みして、言葉をとにかく逆に読んでみてよ」


「えーっと......。とりいれる、るれいりと。がまんする、るすんまが。......こう?」


 言われるがまま、目についた単語を読み、逆さにし、を繰り返す幸。


「そうそう」

「えっと......。こくおう、うおくこ。だめだよ、よだめだ。かばん、んばか。いたします、すましたい」

「ストップ」


 突然未来からストップがかかる。


「いたします、すましたいって、どっちから読んでも日本語として意味のある言葉でしょ? ...... 『いたしますで済ましたい』うん。一応回文で、かつ日本語になってるね」

「な、なるほど......」


 そうか。こうやって作っていたのか。頭の中でぐるぐるぼーっと回文が湧いてくるのを待っているだけじゃ、何も思いつかないわけだ。幸は普通に感心していた。


「......ありがと。お陰で、悩んでた宿題が終わりそう」


 幸がそう言うと、未来は安心した表情を浮かべる。


「解決して良かった。実は私も、昨日は算数の宿題でずっと悩んでたんだよね」

「終わった? 良ければ教えるよ? 算数なら得意だから」

「ううん、昨日悩んでたのは宿題を「やるか」「やらないか」だよ。んで、やらないことにしたから大丈夫」

「何が大丈夫なの?」


 そう言って自信満々で幸の家を後にする未来。


 月曜日、未来が大丈夫じゃない状態になったのは言うまでもない。

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