最後の願い
野風月子
私
大人になれば自由に生きられると思ってた。大人になれば、世界の色が見えると思ってた。私に見える世界はずっと霞んだはっきりしない色ばかりで、私に突き刺さるのは悪意に満ちた言葉の刃だけ。言葉の刃だけが霞のシートを切り裂いて突き刺さって、その一瞬しか鮮やかな色は見えない。自分を犠牲にしなければ世界を感じられない。自分の命すらも、脈打つ首筋に触れなければわからない。大人になれば、大人になれば、それだけを拠り所に生きてきたはずだった。でもいざ大人になってみれば、世界の色はより鮮やかさを失っていた。雑音のような言葉と、異様にうるさい音にあふれ、ほとんど白黒の色ばかり。モザイクのように、誰の目にも落書きの線がうごめく。唇はいつも気味の悪い笑みを浮かべ、口から吐き出される黒いもやのような言葉が、私の気管を詰まらせていく。鉛のように重い肺が、自分すらもそんな化け物の一匹なのだと囁きかける。
「もう、何も聞きたくない…」
何も知りたくない。何も見たくない。私だけの城に閉じこもれば何も感じなくて済む。でも、私はワガママだった。一人きりなんて耐えられなかった。ネットの世界は広くて、私も生きていていいのだと思えた。そんな感情は自分の首を絞めるって知っていたのに。私は、求めてしまった。ずっとずっと願い続けてきた居場所を。ずっとずっと憧れ続けた幸せを。今更もう遅いのに。いつだって神は私を裏切り続けてきた。たくさんの人たちに利用され裏切られてきたけれど、一番私を苦しめたのは神かもしれない。願いも望みも希望も、全て打ち砕かれてきたのだから。それでも命を奪うことはしてくれなかった。いつも私の望まないものばかりを叶えていく。段々と自分の気持ちすらわからなくなっていく私に、救いの手など差し伸べられなかった。私の心は声が小さいんじゃない。ただ封じただけ。私自身が、叶わぬ希望など抱かないように、自分が傷つかないように、心を封じただけ。誰にも聞こえるはずがない。だって私が一番、知りたくないのだから。私の最後の望みは、私の大切な人たちの幸せ。それすら叶わぬ願いかもしれないけれど、最後なのだから願うことくらい許してほしい。きっと誰にも届かないのだろう願いを、私という一人の人間がいたこと、どうか忘れないでほしい。
最後の願い 野風月子 @tsukiko_nokaze
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