第14話 「幻影」
※
「涼太くんってさ」
「んあ?」
熱々のカレーまんを頬張り、包み紙を潰したところで玲菜は湖畔を見つめながら話を振ってきた。
「さっき、お母さんと一緒に住んでるって……言ってたよね」
「あぁ、そうだな」
「お父さんは、どうしてるのかって聞いてもいい……?」
一瞬、涼太は湖畔を見つめたままの彼女へ視線を向ける。すると、それに気が付いた玲菜は「あ、えっと……言いたくなかったら別に大丈夫だよ?」と気を遣うようにこちらを向き返し、
「…………」
そんな彼女の様子に、少し苦笑する。
そして俯きながらも「……どうだろうな」と、彼女が眺める景色へ、やがて目線を変えた。
大昔。父親と一緒にこんな風に川辺を眺めた様な気がする。もはや顔すらも曖昧だ。だけど─────覚えている確かな記憶も、あるのだ。
「親父は、警察官だったらしい」
「……らしい……?」
「……もう、あまり覚えていないんだ」
「親父は、俺が小学校に上がって少しした頃に」
「事件に巻き込まれた被害者を救おうとして」
「銃で撃たれた」
「………!!」
「……つまるところ」
そこで、一度言葉を切る。やがて、眺めた景色へ視線を止めたまま意を決したように彼は吐露していく。
「────人を守って……殉職したんだよな。俺の親父は」
そして、そこまで涼太が呟いた瞬間。緩やかに、風が舞う。頬を冷ややかな大気が触れてくる。隣に座る玲菜もまた、二つの髪房を揺らす。「……………っ、」と何か言葉をかけようとして、玲菜はその先を紡げずに唇を
「……」
「……そっか」
「あぁ」
「……ごめんね。言いたくなかった、よね」
「んや、いいんだ別に」
目を伏せた少女とは裏腹に、涼太は薄く微笑みを浮かべている。
「……小学校の時は、それこそ結構泣いてはいたけどな」
その柔和な笑顔に、跡を引くようなものは玲菜には伺えない。だけど、と少女は思う。だけど、なんて寂しげな表情だろうと。
「そりゃ、そうだよね……」
「……立派な」
「立派な人だったんだね、お父さんは」
涼太はそれを聞いて、玲菜へ視線を移す。少女と、目が合う。
「………………」
彼のその目には小さな驚嘆が浮かんでいる。そして、また微かな笑みもまた、零れる。
「─────そうだな。立派だったと、思う」
その姿は、少女にとってどこか哀愁を感じさせずにはいられない。だが「でもな」と少年は面を上げる。その表情は打って変わってどこか誇らしげだ。
「俺の母親はもっとすげぇんだ」
「え?」
「……女手ひとつで、俺を10年以上育ててくれた。面倒くさそうにぐうたらしてる割に、毎日飯だって作って食わせてくれた」
「……俺の事を、何があっても尊重してくれた」
玲菜は目を見開いたまま、それへ耳を傾ける。
「今の俺があるのは、母さんのおかげだ」
「………感謝してるんだよな」
そう迷いなく呟く涼太は、視線をまた湖畔へと向けた。その瞳には、玲菜の目から見て曇りは見受けられない。瞬間、日向 玲菜は水無瀬 涼太が「どんな人間」なのかを僅かながらも理解した。
彼が、どんな境遇でこの考えに至り。
彼が、どんな思いでここに居るのか。
それを察するには、涼太のその言葉だけで十分だった。
「…………………」
あぁ、良いなぁ、と。
ふと、玲菜はそう思う。それは言うなれば無意識の思考。─────その瞬間。
彼女の中で裏側がその身を覗かせる。
しかし一瞬の間に。
意識すること無く玲菜は、それに蓋をした。手が一瞬、血塗れになる。頬に、飛び散る血潮。ぐしゃっ、と鼓膜に壊れた音が加速していく。
だがそれは幻覚。あるいは、幻影。
その瞬間。
「……玲菜?」
「───────え?」
名前を呼ばれた瞬間。張り詰めた視界が解け、元の現実が返り咲いた。視線だけを隣に移し、やがて静かに顔もまた彼の方へ向ける。
「……どうかしたか? なんかボーッとしてるぞ」
「───────……………」
自分が、何故ぼやけていたのかが分からない玲菜は「……え、そう、かな?」とはにかむ。
「あぁ、大丈夫か? 体調悪ぃのかよ」
「………ううん、そんなこと、ないと思う。大丈夫、ありがとう」
彼女はそうして、また笑顔を保つ。
「………」
だがほんの一瞬。刹那のようだったが、少年は見逃さなかった。不自然に、玲菜の表情が固まったその瞬間を。
続いて浮かべた笑顔はあの時と同じそれだった事にもまた、気が付いていた。
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