第13話 「肉まんうまうま。」
※
「……さっき」
「ん?」
先程奈乃華のことについて話していた際、湖がよく見えるベンチに座り込んだ。玲菜の方から再び会話は切り出されていく。
「奢ってくれて、……ありがと。私、さ。誰かと一緒にこうやって放課後を過ごすの、初めてで」
「さっきはほんと口から出任せで、涼太くんだったらきっと……こんなふうに言えば一緒にコンビニに来てくれるのかなって、そう思ったの」
「………」
……いや普通に誘っても行ったよ。そう言い出したい気に駆られたが、ここは大人しく「そうなんだな」と玲菜の話を彼は聞くことにした。というか、初めて? ふと、違和感が身をもたぐ。
ふふっ、そうなのと彼女はまたにこりとする。「……………」
一瞬感じた妙な感覚はすぐに掻き消え、本当に彼女はよく笑う子だな、と考える考えにそれはすり替わる。
「変な嘘、嘘っていうか、出任せなこと言ってごめんね。そういえば、この肉まんほんとに食べてもいいの?」
「別にいいって。気にしてないし。……あぁあとこの肉まんも別に好きにしてくれていいよ。ピザまんとカレーまんどっちが好き?」
そういって涼太はコンビニで買った商品の入ったレジ袋を手袋を外して漁る。皮膚が露見した瞬間、ひやりとした感覚が手首から侵入する。
「ピザまん? カレーまん? 中に入ってるものが違うの?」
「そうだよ。全然違うよ。ほんとに何も知らないんだな」
「う…………ま、まぁね」
今どき、下手したら小学生はおろか、保育園児や幼稚園児でも知ってそうな大衆向けの肉まん。
それをJKが知らないというこの事実に、涼太としてはやはり驚きを覚えずにいられない。そうして彼は両手にそれぞれ二つの包みを乗せ、玲菜に見せる。
「え。っと……選べばいい?」
「ん。そだよ。好きな方選べよ」
「……それじゃあ、こっち」
やがて玲菜は涼太の左掌に乗った包みを手に取った。手に取る時の指使いすら細やかで、そんな何気ない仕草ですら綺麗だと彼は考える。そして「あちっ」と玲菜は小さく呻く。
「やけどすんなよ」
「うん……あちち、……えっと、開けていいの?」
「開けずにどうやって食べるんだよ」
やはり根っこはとても遠慮しがちな子なのだろうか。お手本を見せるように包みのテープを片方外す。そして白い包みもまた、外してみせる。
その瞬間、その身を露わにさせた肉まんは周りに閉じ込められていた湯気が冷気と飽和するように漂い始めていく。
「へぇ……」と玲菜はまじまじとその様子を眺めると、真似をするかのように大人しげな仕草でテープを外し、同じ様にピザまんを露出させた。
「……ふわぁ。美味しそう」
「いただきまーす」
「……え。あ……」
静かに見入る合間に隣に座る涼太はその一言を呟き、肉まんの底に貼り付いた敷き紙を剥がす。やがて、豪快ににかぶりついた。「あっ、ふっ…………むぐ……」
玲菜はそんな涼太を見て思わず小さく吹き出す。「な、なんらよ」と頬を膨らませて咀嚼する涼太は玲菜の方を見つめる。
「ふふっ、ううん。なんでも」
そして玲菜は意を決したようにピザまんの包みを両手で添え「いただきます」と同じように発した。
「はむっ」
彼女は、まるでハムスターが向日葵の種を頬張るかのように大きくかぶりついた。「むぐっ!?」
そして口に頬張ったピザまんから口を離すと小さなチーズが伸びる。まもなくそれは彼女の潤いを見せる小さな唇横に張り付く。
「んんっ!! おいひぃ! なにこへ!?」
もぐもぐと噛み締め、玲菜は口の中にピザまんがあるにもかかわらず、思わず感想を漏らす。涼太はそんな玲菜の一部始終を見つめ、玲菜の唇横を気が付かぬ間に凝視していた。
「んぐ、……ん? どひたの?」
頬張っている為、どこかちぐはぐとした言葉を返しながら玲菜は涼太をきょとんと見つめ返す。
「……………いや、その」
涼太は堪らず左手の甲を口元に添え、笑いをこらえる。玲菜はそんな涼太に「?!」と眉を潜めずにはいられない。
「口元、チーズついてる」
「!?!?」
「………ッッ」
玲菜は細い右中指と薬指で慌てて口元を拭う。見ると、確かに細く小さな糸くずの様なチーズが指にこびり付いている。
瞬間、玲菜は「み、見ないで!」と顔を堪らず真っ赤にする。
「あっはっははは! ご、ごめ……」
「も、もう、何がおかしいのよ……笑わないでよぅ」
玲菜は恥ずかしさで一杯になったかのように手拭きで唇横を拭い、困ったように眉をノの字にする。なんだこの小動物は。涼太は目の前のクラスメイトの姿に笑いが止まらない。
「もーー、笑わないでってばぁ、涼太くんのいじわる!!」
「いやだって、………玲菜もそんなマヌケな顔するんだなって思ったら、思わず……くっ、ふふっ」
「あー!! マヌケって言った!? ひどすぎない? 有り得ないんだけどもう!」
顔を赤らめながら悔しそうに必死に自分を咎めてくる姿にいっそ愛着すら沸く。責め立てる言葉が負け惜しみにしか聞こえないのが特に。玲菜は拗ねたように「もぅ、もう……」とブツブツぼやきながら再びピザまんを頬張る。
「……ね、もう一個、それ何?」
「ん? カレーまんだけど」
すると、玲菜は三口目を頬張ると同時に左手で涼太と彼女の合間にあった袋横の包みをふんだくった。
「!? 玲菜!?」
「んぐぐ、ぼっひゅう、こへ」
「はぁ!?」
もしや没収と言いたいのか。もしかして拗ねているのか、この娘。
もぐもぐもぐと口に咥えられたピザまんが玲菜の口の中に消えていき、やがてごくんと飲み込んだかと思うと。
「あー! ちょっ、オイおま……」
彼女は両手で包みを開き、カレーまんを今度は勢い良く頬張り始めた。「んんっ、こんなあひなんだ、こへ」ともぐもぐと随分な勢いでやがてそれを食していく。
そして、僅か四口程度でカレーまんは涼太の前から姿を消した。…………四口?
「………」
「……にひひ、食べてやったもん。ごちそうさま、涼太くん」
口横にまたカレーまんの小さなカレー跡がついていることに対し、今度は自らで気が付く。
また口を手拭きで拭いながら、そうして彼女は何やら得意げにドヤ顔を浮かべる。本当に今日の今まで肉まんを食べたことがない人間のそれには全く見えない。
「…………………………」
いや、だから、その。
可愛すぎないか、この生き物。
涼太は手に持った肉まんの包みがポロリと落ちる程には、その姿から視線を外せそうもなかった。
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