最終話 最後の使命

 正確な時間の経過は分からないけれど、恐らくそれなりの年月は過ぎた後だと思う。


 秋も過ぎて、なまず池の回りはすっかり冬の装いをしていた。草木は枯れ、積もった雪が大地を白く染めている。道路には丁寧に雪かきがされており、まだ人の往来があるのだということがわかる。


「本当に……行っちゃうのね」

「うん……これは僕がしなきゃいけないことだから」


 私とイケツグヌシは、二人でカナメくんを見送りに出た。なまず池のほとりにたたずむカナメくんは、どこか悲しげな表情を見せている。イケツグヌシはすくすくと成長し、カナメくんと同い年くらいに見えるほど大きくなった。その見た目も瓜二つといってよいほど、父親にそっくりだ。

 これから、カナメくんは自らの力を振るい、大地震の発生を五百年先に遅らせる。そうしなければ、近いうちに起こる大災害によって、この土地の人々の多くが命を落としてしまう。


「私たち……まあ会える?」

「当然さ。死ぬわけではないのだから。きみたちが帰りを待ってくれるのなら嬉しいなぁ」


 そうか……彼が戻ってくる頃、もうこの土地には誰もいなくなって、帰りを待つのは私と息子だけになる。

 カナメくんは池の方に向かって歩いていく。あと一歩で池に飛び込む……というところで、彼は立ち止まり、こちらに振り向いた。


「じゃあ、またね」


 そう言って手を振ったカナメくんは、再び池に向き直った。私はとっさに「待って!」と叫ぼうとしたが、その前にカナメくんは飛び降りた。彼の細い体が、とぷんと池に沈んでいく……

 次に私たちが見たのは、池の水をかき分けて現れた、大きなナマズの背であった。普通のナマズではありえないほどの大きさのそれは、再び池の中へと潜っていった。

 後には、ただ静寂だけが残された。


「さ、行こっか」

「うん」


 私はイケツグヌシの手を引いてきびすを返した。私にできることは、土地神となった息子を見守ることと、夫の帰りを待つことだけであった――

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追憶の水底へ…… 武州人也 @hagachi-hm

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