後日談:Clover

 近所の河原の土手で葵がしゃがみ、彩華がその横にゆっくりとしゃがんだ。

 よくよく見れば、花畑というほどではないけど、白詰草が辺りに咲き始めている。

 どうやら葵は、その白詰草を摘んでいるらしい。

 はしゃぐ顔も可愛くて、写真に残そうとデジカメを構えるけど、シャッターを切る前に、葵がこっちに駈けて来た。


「とーさーん」

 膝にまとわりついた葵が甘えた声を出したから、お姫様抱っこで抱え上げ、尋ねてみる。

「どうした?」

「かんむり、あんで」

 葵は、小さな手一杯の――それでも十五本ぐらいではあったけど、白詰草の花束を俺に突き出しておねだりしてきた。

 白爪草の、素朴だけど甘い香りが届く。

 どこにでもある、ありふれた春の香り。

「かーさんは?」

 一緒にしゃがんでいたから、てっきり二人で作るものだと思っていた俺は、訊きながら彩華の方を見るけど、彩華がこっちを向く前に、葵がはっきりと答えた。

「ヘタだから、ヤ!」

 露骨に嫌がっている声に苦笑いしつつ、アイツ、手先はあんまり器用な方じゃないしな、と、嘆息してみせる俺。

 葵を肘の部分に乗せるように抱え直し――、本数が少ないから、螺旋を描くように白詰草の花が並ぶように編み始める。

 尤も、一本編むごとに「じょうず、じょうず」と、葵がはしゃぐから、落とさないように大分神経を使わされているんだけどね。

 葵が摘んできた十四本目を編み終えたけど、ここで輪にしたら小さすぎると思い、彩華に追加の白詰草を摘んで貰おうとした所、葵があからさまに嫌そうな顔をしたから、ずいぶ慎ましやかだったけど、最後の一本を使って小さな冠を仕上げた。

 はい、と、葵に手渡すと、花冠を両手で持ってひと嗅ぎして嬉しそうに呟く。

「ハチミツの匂いがする」

 ああ、言われてみれば、確かに薄っすらではあるけど、ハチミツっぽくもある。蜜の甘い香りのせいかな? こういう所、彩華にそっくりだよなって思う。

「かーさまにも、被らせてくれるんだろう?」

 彩華が俺の横に並んで、腕の中の葵に顔を近付けたけど、葵はベーッと舌を出して、花冠を自分で被り、「へへ~ん」と、得意げな顔を彩華に向けた。

「……まったく、誰に似たんだか」

「間違いなく、お前だろ」

 呆れた顔で自分の娘を見る彩華に、苦笑いで応じる。

 きりっとした目元以外にも、勝気で生意気なところまで俺の知る彩華そっくりだ。

 ……まあ、俺達みたいな不器用すぎる学生時代を送って欲しくは無いけど、いや、でも、しかし、娘の恋愛という点では、素直にソレを望めない部分もあるって言うか。なんというか、複雑な気持ちだ。

「アタシはもっと素直だったもん。な~?」

 俺に向かって口を尖らせた後、葵に猫撫で声で同意を求める彩華。

 だけど、葵はそっぽ向い膨れて見せた後、さっきよりも俺の胸に密着して見上げてきた。自分の方が素直だ、というアピールなのかな? 微笑みかけながら葵の頭を撫でると、葵は蕩けたような顔になり、それから彩華に向かって、どうだ、とばかりに胸を張って見せた。

「……ま、こんなのも、思春期までの反応だからな。許すとしよう」

 娘の攻撃を鷹揚に受け流した彩華は、からかう対象を俺に変えたのか、意地悪く笑った。

「ヘコむようなこと言うなよ」

 いつか訪れてしまいそうな悲哀のイメージに渋い顔をしてから、葵を抱えたまま彩華と並び、再びゆっくりと歩き始める。


 特別なことなんてない、春の一日。

 それは白詰草のようにありふれたものだけど、ささやかな幸せに満ちていて――。

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秋の追い風 一条 灯夜 @touya-itijyou

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