第16話 夜のお茶会

 寮でクロッカスの世話をしている使用人やサバラン姉弟は、この人間の姿を知ってるんだろうか。

 サバラン公爵家なら解呪ができる高レベルの聖属性持ちを用意できるはずだ。これまで解呪を試みなかったのだろうか。


「クロ様は私以外の聖属性の者にお会いになったことはありますか?」

「何人も会ってきたよ。教会の筆頭解呪師とか」

 筆頭解呪師⁉ 解呪能力MAXじゃん。聖魔法で解呪無理じゃん。


 じゃあやっぱり愛の力……でも、月に一度イケメンになれるクロッカスならそっちも試せた気がする。


 以前昼に見た、クロッカスに群がる女の子達を思い出す。

 クロッカスが知らない誰かとキスする場面を想像して、もやっとした。



 ぐううぅ~



 ぎゃああ!! お腹が鳴った! 頼む、聞こえたのは私だけであってくれ!


「バラを見ながらお茶とお菓子でもどう?」

「…いえ、お気遣いなく…」


 絶対聞こえたよ。

 すぐ横から聞こえる美声が辛い。離れて歩いてれば良かった。


 鬱に入ってて今晩に限ってチーズケーキ抜いたから…。

 今日の星占いは最下位に違いない。ラッキーアイテムはチーズケーキって教えといてほしかった。占い見た10秒後には忘れるけど。そもそもサクラが何座か知らないけど。


 バラのアーチを抜け、円形テーブルと椅子が置かれたスペースに出た。

 クロッカスが持っていたランタンをテーブルに置き、私のために椅子を引く。

 自分の残念ぶりにうちひしがれて素敵イベントの気分ではないが、お茶会の流れだ。


 椅子に座るとすぐに、暗闇から大きな鳥がバスケットを掴んで飛んできた。

 鳥はクロッカスにバスケットを渡し、テーブルの横に立つ。


「この子は俺の従魔で、魔蛇食鷲へびくいわしのキョウ」

「…すごく綺麗な鳥ですね」


 2m程の白い体に、頭の後ろには黒い冠羽。風切羽と尾羽も黒い。長い足は膝上は黒、膝下は白。大きなはしばみ色の目の周りは紅色で、黒い睫毛はくるんと長くバッサバサ。目元が大変色っぽい。


 美しい鳥に見惚れている間に、クロッカスが紅茶とお菓子のセッティングをしてくれた。

 中央の皿にはケーキバイキングかってくらいケーキやタルト等が盛られている。


「好きな物を好きなだけどうぞ」

 …私食いしん坊キャラじゃないから。お腹鳴ったけど一応ヒロインだから。


 とはいえ、スイーツを前にしてお茶だけ飲めようか。いや無理。

 濃厚なチョコで癒されたい。可愛らしいスイーツが並ぶ中から、焦げ茶のどっしりチョコレートケーキを選ぶ。私の向かいに座ったクロッカスは緑色のケーキを取っている。抹茶? ピスタチオ?


「サクラ嬢がカヌレ町へ行ったのはいつ?」

「この春、入学前に男爵領から学院に向かう途中で立ち寄りました」

「じゃあ、夏季休暇で帰省する時にまた立ち寄る?」

「…そうですね」

 明日も行く予定だけど、乙ゲーシステムによる転移を説明できない。

 聖魔法を使う者は空間魔法は使えない。複数の属性は持てない設定なのだ。

 

 誘惑に負け、追加で私はピンク色のさくらんぼのムースを、クロッカスはレモンタルトを食べて、お茶会はお開きになった。


 クロッカスとキョウは女子寮の前まで送ってくれた。歩くキョウはモデルみたいだった。絵になる主従である。


 別れ際、彼は「来月も新月の夜はバラ園にいると思う」と私に告げ、残ったスイーツを詰めた箱を渡してきた。


「じゃあ、おやすみ」

「ありがとうございました。おやすみなさい」


 クロッカスの背中が小さくなるまで見送って、管理人に怒られないよう転移で部屋に戻り、ほうっと息をつく。


 次の新月の夜も会えそうだ。

 

 とりあえず、頂いたスイーツをアイテムボックスに入れとこう。明日の朝のデザートはブルーベリーのタルトにしよう。


「ん?」

 箱を包んでいた布に《Crocusクロッカス》と刺繍がしてある。


 これ、わざとかな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

和栗モンブランヒロインと黒猫 @su_zu_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ