第15話 バラ園

 新月の夜のバラ園とか、絶対ゲームでも出会いのシーンだろ! 今こそ細部までシナリオどおりであってほしかった!


「あれ? 失礼、お嬢さんだったか」


 女性の寝巻は普通ネグリジェ。貴族女性用のパンツは乗馬服くらいだ。私のパジャマは男の子用である。


「こんばんは……」

 重要なシーンで着古したパジャマ。もう乙女のライフはゼロよ。


「こんな夜更けに女性の一人歩きは不用心だよ」

 クロッカスはシャツにパンツ、上に短めのローブを纏っている。


 闇夜にバラを背景に立つ黒髪のイケメン。めっちゃ絵になる。後でスチルを確認せねば。


「この明かりは聖魔法だね。聖魔法の使い手とは珍しい」

「…ソメイヨシノ男爵の娘、サクラ・ソメイヨシノと申します」

 あなたは聖魔法の使い手を必要としているはずだ。


「はじめまして。俺はクロ」

 えっ、人間の時それ? そっちを猫の時に使うべきじゃない?


 人間姿の今なら、訊いても不自然じゃないよね。こんなチャンス、次いつあるかわからない。

「あの、クロ様はシブースト家にゆかりの方ですか?」


 クロッカスが一瞬目を見開き、私の目をじっと見る。近距離真正面のイケメンやばい。眼福ですありがとうございます。


「なぜ?」

「カヌレ町のシブースト家別邸で、あなたにそっくりな肖像画を見まして」

「…あの絵、まだあるんだ。ご令嬢がダンジョンに行くとは勇ましいね。聖魔法はあそことは相性がいいだろうけど」


 別邸がダンジョンになってるの知ってるんだ。図書館にもいたし、黒猫の時も意識は人間と変わらないのかな。

 

「ご本人ですか?」

「…違う、と言っておくよ」

「……」

 これ呪いあるある? 自分からは正体が明かせないってやつ?


「サクラ嬢、少し散歩に付き合ってもらっていいかな」

 クロッカスはそう言って横に並んで、私に腕を差し出した。

 これは腕に手を添えろってことですね、さすが乙女ゲーム、添えさせていただきます!


 初対面で髪にキスするヒヤシンス殿下はキモかったけど、クロッカスなら有り。イケメンに限る、ただし好みの。


 おずおずと腕を組み、クロッカスのエスコートで歩きだす。

 生身の男の人だ。並ぶとやっぱり背が高い。黒猫になる前はさぞモテただろう。恋人や婚約者はいたのかな。


 …いてもとっくに亡くなってる。シブースト家の人達も。


「サクラ嬢はバラ園によく来るの?」

「いえ、昼に一度来たことがあるだけで、夜は初めてです。クロ様はいつも夜のお散歩をされるのですか?」

「月に一度、新月の夜は」


 新月の夜だけ人間の姿に戻れるって設定か。

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