生きる意味について

青井琥珀

生きる意味について

 以前から僕は死にたいと思っていた。

 何をしたってどうせ最後には死が待っている

 どんな金持ち、天才、あるいは将軍や国王になっても、不老不死を成し遂げた者はいない。決して死から逃れることはできないのだ。

 ——なら、なぜ生きる? 何を成し遂げたとしても、死んでしまっては何も残らないではないか!?


 そう思っていたのだが、かと言って自殺する勇気もない。わざわざ苦しい思いをするのも嫌なのだ。それなら八十年の小さな苦痛を積み重ねる方がずっとマシだ。


♢♢♢


 現在、僕は真っ暗な、人がやっと一人入れるくらいの小さな箱の中に閉じ込められている。身体をよじってもびくともしない。

 箱の中は空気が薄く、真っ暗で自分の吐息と鼓動しか聞こえない。


「誰かー!!!」


と僕は叫ぶが、周辺には誰もいないらしく、何の返事もない。


 僕は嫌な予感がした。——生き埋めだ! この箱は棺桶なのだ!!!


 僕はパニックになり、なんども叫んで、それからついに体力を使い果たした。


 嗚呼、ようやく僕は死ぬらしい。やっとの事で永遠の休息を得るのだ。万歳! これで無意味な人生とおさらばだ。


——とはいかないのが人間。誰しも心の中に矛盾を抱えるものだ。


 しかしそれは自分でも意外だった。

 死に際に、生存への執着が湧いてくるとは思いもしなかった。さっきまで死にたがっていたのに!


 母さんの優しさ、恋人の柔らかさ、友人との馬鹿騒ぎ、趣味のバイオリン。そう言ったものが次々と流れてゆき、最後に気が付いてしまう。


 ——僕はまだ人生に満足していない。


 命を使い尽くしてでも何かを成し遂げるのは、それ自体が目的なのではなく、自分の人生を豊かにする為だったのだと気が付いたのだ。


 ああ、だがもう遅いんだ! 僕は死ぬし、人生はここでおしまい、もう何もできない。


 深い絶望と未練を抱え、僕は存分に怒りを込めて叫んだ!!!


「ち゛ぐじょ゛ーッ!!! 死゛に゛だぐな゛い゛ーーーーーッ!!!!」


すると


「うっせーぞ、クソがッ!」


と声がして、外から蹴られた衝撃が伝わり、それから勢いよく蓋が開いた。


「てめー、ふざけてんじゃねーぞ!」


と胸ぐらを掴まれ、顔面にペッっと唾を吐きかけられる。



 そして僕は思い出す。

 昨日の晩に僕は飲み潰れ、公園のトイレにあったロッカーを横にしてベッドに見立て、ドラキュラと言ってふざけていたのだ。

 ……一人でよくもまあ、そんな悪酔いが出来たものだ。


 しかしそのロッカーは外からしか開けられない構造で、中からは出られなくなっていたらしい。全くあきれた話だ。



 清掃員の男はトイレを散らかした事に怒り、僕は謝って彼に有り金全てを渡した。


♢♢♢


 それからと言うもの、僕は生き生きと毎日を過ごすようになった。

 まず仕事でうまく行き、収入が増えた。

 その金で母さんにピアノをプレゼントし、交際相手と結婚してハネムーンへ行き、友人と旅行へ出かけ、バイオリンを正式に習い始めてコンクールで優勝した。


 終いには、今では僕は知る人ぞ知るベンチャー企業の社長をやっている。


 毎日が最高だ!

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生きる意味について 青井琥珀 @SUR_A_K

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