神様!そこは左です!(仮)

@Sinabaki

第1話 先生!よろしくお願いします。

 ーー神は、至上最恐の罪人だ。ーー


「歴史上、最も生き物を殺した個人は、神様である…」

「・・・」

よく晴れた、五月晴れの空の下。いわゆる昼休みの屋上。

なんの前触れもなく話題を振ってきたのは、親友の池田だった。


突然なんだ?と奴の方を見てみれば、「…だってさ。」と、いまだスマホをのぞき込んでいる。

どうやら、話題の原因はTwitterようだ。

「神様といえども、すべての生き物を救っているわけではない。むしろ神様だからこそ、多くの神話で数々の生き物を裁き、罰を与えている。例えば、旧約聖書の中ではノアの箱舟やバベルなど、少々ヤリスギともとれるレベルで多くの命が裁かれている。一説によれば、その累計は悪魔をはるかにしのぐとか。また、神様が直接手を下さずとも、『これは神の意思だ』といった場合まで含めてしまうと…もはや神の被害者は数えきれないだろう。」

 池田が読んでくれた内容は、大体そんなことが書いてあった。

 関心の声だだ漏れのまま、こちらにも感想の共有を求めて距離を詰めてくる。

「正義の象徴である神様。それをたたえているはずの神話が、むしろ神の告発文になってるなんて、シニカルだな!面白いな!そう思うよな!」

「それはもう共有じゃなくて誘導じゃないかな。・・・僕は別に池田ほど面白いとは思ってないかな」

「え?そうなの!?」

「…え、なんでそんな信じられないものでも見るかのような反応なの。」

 友人からどう思われていたかは知らないけども。

 正直、僕にそういう話の意見を求められても困る。それくらい興味ないというのが僕の返答だった。

 「なんだよぉ!カイは興味ないのかよ?」

 「ごめん、ちょっとないかな。」

 隣は何か言いたげな様子だったが、そこははにかんでごまかすことにした。

 少々冷ややかな僕に対して、一方の池田はむしろそういう記事(ジョーク)が大好物だった。そういえば、彼の家の本棚には空想科学読本なるものが数冊ほどならんでいたっけ。


 池田とは小学校からの仲だが、中学、高校を経て知り合いが減り、余計につるむようになってしまった。今ではこんな風に、人のいない屋上で二人っきりで弁当をつついている。これが女の子だったらなんてことを考えたりもするけれど、悲しくなるだけなので今はもう考えないようにしている。

 池田の方は、たびたびため息をついているけれど…。

 そして、こうして今日も男二人で弁当を食べながら、無駄話をするという僕の日常が過ぎていく。


「そ、そんなことよりさ池田。先週のイベントボス、あれ結局倒せたの?」

「ん?あー、Rateの話?」

「そうそう」

 嗜好はあまりそぐわない二人だったが、趣味は共通していた。趣味嗜好の趣味だ。そしてそれこそが、ゲームだったのだ。

要するに、彼も僕もお互いにゲーム好きだったのだ。

『Rate』とは、池田が最近はまっているスマートフォン向けRPGである。最近は、アニメ化とかもした作品で、ソシャゲにしてはわりと濃厚なストーリーと、信じられないくらい高レアの排出率が低いことで有名なゲームである。楽しむ分には、大衆向けでファン層もかなり厚い。

正直、RPG自体は僕の専門としている分野ではないのが…。気休めとして、一応毎日やっている。ちなみに、僕の好きなゲーム分野は町おこし系だ。

「この前、適性がいないーって叫んでたから。僕はたまたまそろってて勝てたけど…、その後どうなったの?」

「…あーーー、んーーー。それは、まぁ・・・一応、勝ったよ。適性集めて」

 すると、池田は思い出したかのように苦い顔をする。

「え?適性全くいなかったじゃん?・・・・!。もしかして、ガチャで出たの!?」

「まぁ…。出たというより、出るまで引いたというか…」

 池田のテンションがあからさまに落ち込んでいくのをみて、僕は残念な察しがついた。

 明らかに歯切れの悪い返事と、いろいろ抱え込んだようなため息。それが、そこはかとない哀愁を感じさせてしまうのは、彼も僕と同じゲームオタクゆえの性を背負っているからだろうな。

 大体何があったのか、主に金銭面で急な出費が出てしまったんだろうなぁという仮説がぼくに立ったところで、これ以上は何も聞かないであげることにした。

 「あぁ〜!こんなに課金するつもり無かったのにぃ!!やっぱり、この世に優しい神様なんて居ないんだァ」

 渡る世間は鬼ばかり。神話の神は殺人鬼。

 そんなことを嘆きながら、池田はしょぼしょぼと昼食を再開させる。

 「ははは、」

 僕は軽く苦笑して、手元の画面に視線を戻した。

 画面内の世界では、『○○神』とかいう巨大な怪物が主人公達を襲っていた。

 そのおぞましい姿は、凶悪であり、幻想的でもあり。けれども少し、みすぼらしく見えた。

 「…やっぱり、この敵も勝てないな」



 「おぉ葦原(あしはら)、こんなとこにいたのか!」

 昼食を食べ終えた僕らは、そのまま教室に戻ることはせず。屋上でのんびりと、日向ぼっこをしていた。

 帰宅部特有の「暇」を埋めるため、放課後は何しようか、なんて無駄話をしていたところへ、ドアが開いたのだ。

 どうやらその主は、僕らの担任の申出(もうで)先生だった。

「あれ?先生、どうしてこんなとこに?」

「あ、カ変せんせー。こんちは」

「おーなんだぁ?池田も一緒にいたのか。ってか眩しいなぁここ。」

 申出 徹先生。

 申出先生は、数学担当の教師であり、同時に僕たちのクラスの担任をしている。

 『カ変』というあだ名は、先生の申出という名字が、古典単語の『詣で来(もうでく)【動詞、カ行変格活用】』と語感が似ていることに由来している。

 念を押していうけれど、決して古典の先生ではないというのが注意点だ。

 ちなみに僕は、訳合って「先生」と呼んでいる。


 先生は後ろ手でドアノブをひねり、重い扉が閉じる。

 「他には…。なんだ、お前らの二人だけじゃないか。意外と穴場だなここ」

 「そうなんです!だから、秘密にしてくださいよー?な!カイ」

 「・・・いや別に秘密にする必要はないんじゃないかな」

 「ん?そうか!」

 と、話していると。

 「まぁ、このふたりならいいっか」

  先生は右のポケットから煙草とライターを取り出した。

 それも、隠す様子もなく堂々と取り出して火をつけようとしている。

 驚いた僕と池田は、それをあわててで止めに入った。

「ちょっと、カ変せんせー!?やめてくださいよ。館内禁煙ですよ!」

「まぁまぁ、今どきタバコを喫める場所も、ここくらいしかないんだ…。たまには先生を気遣えって」

「・・・そういう問題じゃない気が。」

「うわぁー。まるで犯罪者の弁論じゃん」

 激しく反対する僕ら生徒を横目に、先生は灰色の煙をふかしながら返事をする。

 それは鼻を締め付けるような、独特な芳香で。

 先ほどまでの日向のにおいが、路地裏へと変わっていくように、あたりには煙が広がる。

 「ふー・・・・。」

 鼻をつまんでいる僕らの一方で、先生はたいそう気楽そうだ。

 実を言うと。

 なんとなく、先生が喫煙者であることは以前から知っていた。

 五時限目の授業の度に、平然と煙草のにおいを衣服につけて教室に入ってきていたし、先生の見た目は見るからに不健康そうだ。

むしろイメージとしてはしっくり来ている。

 だからといって、いい歳の大人が、生徒の目の前で一服するというのはさすがにどうかと思うが…。

 しかし、本人が気にもしていないなら、それはもうどうしようもない。

 煙が晴れても、今度は薄汚れたハゲあたまが顔を出す。その見た目でおまけに、水蒸気じゃないたばこ。

 今どきこんな先生、フィクションにもいないんじゃないか?。実は絶滅危惧種だったりするんじゃないか?。

 「うげえ、やっぱ無理だわ。俺、煙草のにおいきつい。受動喫煙はんたーい!ゲホゲホ」

 「あっ、ちょっと・・・」

 我慢しきれなかったのか、池田はその場から逃げ出す。案外、池田は僕よりも、そういったものへ耐性がなかったらしい…。

 我慢する必要なんてのは一切ないと思うけど、僕だけ置いていくかな、ふつう。友達だと思っていたのに…。

 

 そんな冗談はさておき。さきに、こっちの用事を終わらせてからにしよう。

「それで、先生。」

「ん?」

「僕に、何か用事ですか?先生が屋上にあがってきたとき、僕の事で何か呟いていたような気がしたんですけど。」

「お?」

 その用事とやらに思い当たる節があるわけではなかったけれど。何を呟いていたのかがなんとなく気になってしまい、しぶしぶ僕はここに残っているのだ。

そして、どうやらそれは聞き間違いではなかったらしい。

「あっと!そうだったそうだった、忘れるとこだったよ葦原!ナイスだ」

「いえ先生。・・・というか、忘れるとこだったではなくて、さっきまでわすれていませんでしたか?。完全に」

「いやいや、覚えていたぞ!完全に」

すると先生は、ごまかしながら先ほど火をつけたばかりの煙草を平然とかかとですりつぶし、ごみ箱へポイッと捨ててしまった。

・・・何のためにつけたんだよ。

「この前話した、家庭教師の話。アレ、覚えているか?」

「家庭教師、ですか?」

「そうそう。あの話、あの時はうやむやにしてしまったけど、やっと許可が下りたんだわ。だからそれを伝えようと思って。よかったな葦原!これで、お前の進路も順調に決めれそうだ」


先週のいつだったか。

先生は、唐突に僕を職員室に呼び出した。

雑多に散らかったデスクを横目に、先生はやけに難しい顔をしていた。

「いやぁー。親戚の子がなぁ、最近、勉強で悩んでいるらしくてな。それで教師である俺が家庭教師を頼まれたんだけどさぁー、でも俺、どーしても抜けれない用事ができちゃったのよ。・・・・そんでよ。俺が信頼できる人で、誰かいないかなーってあたりを見回してみると、そしたらそこで葦原を見つけたんだよ、要するに。」

「・・・へ?」

あとから説明された話によると、家庭教師のバイトを探していたら、進路希望調査の一コマに「教師」とかいていた僕をみつけ、白羽の矢が立ったということだった。

そういえば、そんなことあったな。危うく、「忘れるとこ」だったわ。


「学校の許可、下りたんですね。それはよかったです。」

「まぁ、生徒の進路を応援するのが高校の役目だからな。それに、教師を目指したいんだったら、実際にものを教えるってのは大事な経験だ。だから葦原には、絶対にやってほしかったんだよ。」

先生は、ニカッと笑う。いい年をしたオジサンにはきついものがあるが。

だけども。

とくにかっこつけるでもなく、そういうことを平気でいえるところが、この先生のいいとこだと思う。

「それで、葦原。やってくれるよな?」

「はい、当然引き受けますとも。よろしくお願いします。」

先生からの最終確認に、僕は迷いなく快諾した。

その時は、将来の夢に一歩近づけた喜びと、これから始まる挑戦に胸を膨らませながら、心の中でガッツポーズをしていたような気もする。

ただ、それが…。

その期待が数日後に、どうなってしまうのかも知らずに・・・。


******



「そんじゃあ、行くか」

そう言って、申出先生は車を出す。

本日は、待ちに待った顔合わせの日である。

これから逢いに行く先生の親戚は、「ミカちゃん」と言うらしく、「まだ年端もいかない少女だ」と先生は言っていた。

そして今、その子は先生の家で待機しているらしいのだが。

「…そういえば先生って、独身ですよね?」

「まぁ、そうだけど?…というか何?その質問、新手のイジメ?さっそくディスられてるの?先生なのに?」

「いや、そうじゃなくて…」

つまり…。

僕は言葉を選びつつ。

「まだ、年端もいかない少女。が、中年男性の家で1人きりっていうのは、さすがに親戚とはいえ危険なのでは?」

「・・・は?」

あくまで、イメージの話。

申出先生といえば。うちの学年に限らずほぼ全ての生徒に『変人おじさん』というイメージを持たれているある意味での有名人だ。おじさんであることは否定する余地もないが、変人であることもまた紛れもない正論である。うわさでは『カ変』の変は、『変人』の変だともいわれているらしい。

もはや払拭は難しいほど、この学校の常識と化している。

本人も、気にはしていないだけで少しは自覚があるらしいし。

それがまず一つとしてあげられる。

そして、なにより気にするべきは

先生の職業が、高校教師あるということだ。


「その、別に冷やかしている訳じゃないんですよ。でもほら、教員ってそういう問題には、敏感な職じゃないですか?だから、心配というか…」

「あぁなんだ、・・・・そういう事か。」

女子生徒を元教師が暴行、なんてニュースを最近よく耳にするようになった。それがだれのせいだとはいわないが、今どきの保護者や学校は、それらに関係のある人、ひいてはそういう噂があるだけで、すぐにその膿を吐き出そうとする。

たとえどんなに勤勉であろうと、真面目であろうと。

噂や過去に人柄は関係ないのだ。

消し去れない暗い過去、根も葉もない噂、悪意のある匿名のタレコミ。

それが、教師の命を奪うこともある。

その意味では学校も教師も、イメージ商売なのだ。

だから…。


先生はすぐに答えてはくれなかった。

つられて僕も少し、口を噤む。

そんな気まずい沈黙は赤信号で車が止まるまで続いていた。


最初に先生が返した答えは、僕には少し残念な答えだった。

「まぁ、そりゃ俺も今は教師なわけだし、そういう言葉に敏感ではあるさ。だから、そんなの怖くない、なんて立派なことは言えねぇな」

「そうですか、さすがの先生も怖いですか・・・」

僕は、苦笑いする。

自分から持ち出した話であるくせに、その返答には何も思い浮かばなかった。

今から自分もいち教師として、生徒に勉強を教えに行くというのに。あまりよくない未来の話をしてしまったと、少し反省する。

だがその一方で、先生はそうネガティブな顔はしていなかった。

というよりむしろ、フロントガラスを見つめながら、ニタリと笑みをこぼしている。

「たがまぁ、今回は安心しろ。そんな噂が立つことなんて、神に誓ってないからな!」

「そんな訳ありません!・・・もしかして先生、知っているのが僕だけだから大丈夫とか思ってないですか?。それはさすがに考えが甘いですよ!たとえ、僕が秘密にしていても、他の生徒にたまたま見られでもしたら、間違いなく答弁の余地もないんですからね?」

「いやいや、大丈夫だって。そんな、うちの生徒と偶然に会うなんてこと、あるわけないから。ほら、俺そんな外出しないし!」

「なっ・・・。それ、マジで言ってるんですか?」

思わず僕の語尾も強くなる。

「そうだぞ。当たり前だろ?」

思わず僕は愕然とした。

SNSが普及している現代で、なんでそんな自信が持てるんだこのひと・・・。

数秒前の「俺も怖いさ…」とかしんみりした面持ちが、あっという間に地に落ちた。

「いいですか!先生!。そんな外出しないから、だなんて言ったって、見つかる時は見つかるんですよ!?そしたら、」

「そん時はそん時だろ?丁寧に説明すれば誤解されることもないんだから。ほら、左に曲がるから気をつけろー」

「うわぁ!?」

慣性が働き、体が右へぐらりと揺れる。

なんだか強引に話を打ち切られた気分だ。

僕はもう一度座り直し、話(および説教)を再開するために、先生の方へ向き直る。

すると、

先生は僕より早く、そして念を押すように

「それになによりな葦原、・・・俺は神様に誓っているんだ。心配するだけ無駄だぞ。」

そんなことを呟いていた。


「おおっと!」

ガタガタと車が揺れ、シートベルトが締まる。何事かとフロントガラスの先を見るが、外は薄暗くよく見えない。

いつの間にやら夜になったのか、と思っていたら、そこで(ちょっと判断が遅い気もするが)車のライトが付き、前の道が照らされる。

そして、驚いた。

そこは想像していたような住宅街ではまったくなく

・・・むしろ真反対の、いや、正反対の、深い深い森の中だったのだ。

「ちょ、ちょっと先生。家に行くんじゃないんですか?」

「あぁそうだぜ。俺の家はこの山の上にあるんだよ」

平然そうな顔で、ハンドルを回す。

タイヤが石を踏み、枝を乗り越え、泥をはじく。その振動が椅子を通して僕たちにも届く。

察するに、この道は明らかに舗装されたような道路ではない。

ガタガタッガタッガタと不規則なリズムが、絶え間なく僕らを揺らしている。

(こんな道を毎日通っているなんて、明らかに嘘だ、、、。)

視界のふちで、運転する先生の横顔を確認する。

すると、先生の顔は不敵に笑っていた。

「セ、先生?」

「フフフ…、これでやっと・・・ククク」

「・・・・え?」


まず。

事態を認識した僕の頭の中で、まず流れたのは今朝見たニュースだった。

それは先のように、先生と生徒の間で起こったトラブルを取り上げていたのだが、

「先週未明、元男性教員(年齢不詳)が担任していたクラスの男子生徒をホテルに呼び出し、金銭を支払ってわいせつ行為にナンタラ・…」

・・・何気なくみたニュースのはずだったけれど、なんだか今、ものすごく暗示されていた気がする。


って、僕はそんなこと、金を出されても応じないんだから!


僕の中で不安が芽をだし始める。

そういえば先生は、一度として僕に「ミカちゃん」の写真を見せてくれたことはなかった。

今まであまりきにしていなかったけれど、考えてみれば、これから教え子兼仕事相手として仲良くなる必要があるというのに、その配慮は何だったんだ?

しかも、家庭教師の話を先生が僕にふってくるときは、きまって僕以外に人のいないタイミングばかりだった。あのとき屋上で、あえてタバコに火をつけたのは、まさか煙草嫌いな池田を、外へ追い出すための工作だった?

今に限らず、ここ最近の先生の行動を思い返せば返すほど、その一つ一つが明らかに怪しく見えてくる。

それがだんだんと確信へ変わるたびに、今までなぜ気づかなかったのかと自分の目を疑ってしまう。

そして、その行動のすべてが不安の芽を育て、花まで咲かせている。

「(これってつまり、ピンチなのは先生の方ではなく・・・・・・呑気についてきた僕の方?)」

そんな嫌な予感は嘘だといってほしいけれど、当の本人も僕を忘れて何やらほくそ笑んでいるのだ。

これは、本当に危機なのかもしれない・・・。

偶然か、それとも仕組まれたのか、今は絶賛走行中の車の中だ。当然ながら逃げ場などないし、ハンドルを操作している先生の方が立場は上。下手な抵抗は命に関わる。

さらに、僕も、今日ここに来ることを誰にも連絡していなかった。

親友の池田に、なんとなくで教えていなかったことを今更後悔しているところだ。急いでスマホを取り出したが出てきた表示は圏外、今どきそれはないって…。


そしてついに僕は、助かる手段を失った。


「フヒヒ・・・っと、よし!そろそろつくぞぉー。アシハラァ~、準備しとけよ~。二ヒヒ」


「(ひぃっっ!!)」


車は、奥へ奥へと進み、あたりはもうジャングルとそう変わりないほど、木々が生い茂っている。時計で時刻を確認するが、まだ昼の四時というのは何の冗談だ?。いまは車のヘッドライトが付いているので多少明るいが、そうでなかったら道路すら見つけられなさそうだ。・・・ほぼ道路じゃなくて、獣道だけど。

そして、ついに

そんなヘッドライトの光の先に、大きなロッジハウスが現れる。


ロッジといっても、その大きさは市街地にある一軒家とそう変わらない。手前には玄関らしき戸口があるし、車を停めるガレージもあるようだ。むしろ少し、裕福そうな・・・。

だがそれは、「その家の間取りだけを」切り取って描写しているのであって、全てではない。

いくら平凡な一軒家であろうと、こんな山奥にポツンと建っていればそれだけで十分に怪しい。一本番組が作れてしまうくらいには恐怖を秘めている。背の高い木々に隠れ、人里からも離れ、何のメリットもないはずの立地。

そして、そこで暮らす不敵な中年男性高校教師。何も知らず連れてこられたその生徒。


今僕の目には、その家がまるで人体実験場のように映っている。あるいは、監禁部屋か。

どちらにしろ、とにかく中にはしんでも入りたくない!。


しかし、抵抗のしようもなく(怖くて足がすくんでしまい)僕は先導されるまま停車した助手席から降り、とうとう玄関まで進んでしまった。


「(あぁ、ここで僕の人生はもうおわってしまうんだ、、、。ひどすぎだよ…夢の一歩めがまさか地雷だったなんて…)」


そんなことを思いながら、玄関扉の前で立ち尽くしていると、先生から思いっきり背中を叩かれた。


「ぐへぇッ」

「おーいなんだ?緊張してんのかぁ~葦原!気をしっかり張れよ!」

そういって先生は、運動部のようながたいのいい笑い方をする。

「(この犯罪者、いまさら何言ってるんだ!そりゃあ緊張するにきまってるだろ、いまから自分の人生がアブノーマルになってしまうっていうのに)」

「いやまぁ、はじめては誰だって緊張するもんだからしかたないことではあるが、そんな調子じゃあすぐにバテちまうぞ?」

「(はじめて?バテる?おいおい嘘だろ、僕そこまでされてしまうのか!?さすがにとおもってたけど、考えが甘かった…。それは好きな女子と段階を踏んでからさせてほしかったのに、、、)」

「そんな顔すんなって、大丈夫だぞ。俺も近くにいるから、困ったときは教えてやるよ、」

「(嫌だッ!やめろ!近づくなー!もうあんたなんかに、教わることなんてなんもないよぉ!この変態ジジイ)」


口に出せなかった代わりに、せめて心の中では精一杯の悲痛を上げる。

だが、そんな僕の感情も知らずに(元)先生は力強い笑顔を送ってくるばかりで、これは明らかな皮肉だ。

まさか尊敬していた人が、こんなに狂っていたなんて、詐欺あった気分だ。

もし、命ある状態で帰れたら即刻通報してやる!。

僕はそう心に誓い、震える足に活を入れた。


「もういい!煮るなり焼くなり好きにしろ!それでも、いつかぼくは立派な人間に戻ってやるからなぁ!」

「おぉ、意味は分からんが、急にやる気出たようだな。そりゃあよかった・・・・・・」


覚悟あるいはやけくそで、ぐっと目をつぶる。

すぐに小屋へ閉じ込められるのだろうと、肩を強張らせながらその瞬間を待って・・・。


だがしかし、玄関が開く音は数秒待っても聞こえはしなかった。


恐る恐る目を開いても、そこは相変わらず閉じた玄関扉の前で、先生はドアノブに手をかけたまま立ち止っている。

・・・奇妙な光景だった。

その数秒の間に走れば逃げ切れたのかもしれない。

けれど、つい僕は、先生に声をかけてしまった。

「・・・どうかしましたか。もしかして自首する気になりましたか?」

それまで静寂だった森のせいで時間が止まったのかとも思ったが、

何ら問題なく先生は振り向く。

「うーん。・・・ん?自首?自首なんてする予定はないが。…ところで、葦原。お前に二つ、聞かなきゃいけないことがあった」

「聞かなきゃいけないこと、ですか?」

「あぁ、テキトーでもいいからちゃんと答えを教えてくれ」

半分まで振り向いた先生の顔は、いまいちどんな表情なのか僕には見えていない。

けれど、その見えている小分に映った先生の顔は、知らない他人のようだった。


「唐突だが葦原、お前は【神様】って存在が実在すると思うか?」


「・・・質問の意図はわかりませんけど、いるんじゃないですか」


「そうか、それはどうしてだ?」


「だってそれは。・・・先生が何の意味もなく、そんなこと聞いてくるなんて思えないから、です…」


ふと、失笑する声がした。

それが果たしてどういう方程式を導く問いだったのか、数学教師でない僕にはわからかった。

ただ、最後に。

「・・・葦原がそう言うやつでよかった。」

満足そうに笑う先生がみえて、

そこで僕の意識が闇へ落ちたのだと、わかった。




パチリ。

「ここは…。さっきの家の中か?」

次に目を覚ました時、僕はまだ暗闇の中にいた。

しかし、暗闇とはいっても完全な闇ではなく、覗けないほど小さい隙間から光が零れている。そして体を動かせば、触れる固い感触があった。

「牢屋、、、というよりかは箱の中?。…うっ、あたまが痛いな。うわっ、痣もできてる。こんなのいつの間に・・・そうだ、そういえば僕、あの変態ジジィに眠らされて・・・」

「ふにゃぁ~、今日はもう寝るみゃあ」

「!!!???」

状況確認をする前に。

聞いたことない声がどこからか飛び込んでくる。いや声だけではない。こんな頓智気な方言を、僕は一切聞いたことがない!。

というかそもそも方言なのか?

耳を澄ますと、ペタペタと足音が気化づいてくる。

反射的にここから逃げなくてはいけないと察し、暗闇の中を見回す、

すると、僕の背後に光の漏れ出る扉を見つけた。

いま触れた限り、右も左も前も上も下も全て壁になっている。

ここを脱出する道はこの扉しかないようだ・・・。

近づいてくる足音はもう、すぐそばまで来ている。

冷静になっている時間はない、そして手かせもされてないのなら、いま逃げるしかない。

「・・・一か八かだ!」

小声でそっとつぶやき、僕は鍵が開いていることを信じて扉へ飛び込んだ。

だが結局、それはまちがった判断となった。


「・・・あれ?」

「みゃ?」


結果から言えば、扉に鍵はかかっていなかったのだ。その押扉と思っていたものは、日本建築でよく目にする襖というものであり、一般的に閉めるための鍵はついておらず、横にひくことで簡単に開けることができる。また、構造は基本的に木などでできた骨組みに両面から紙を貼ったものが多いため、体重を乗せて思いっきり飛び込むと面が破けてしまう危険性がある。

ただ、今回は破けてしまうことはなかった。

なぜなら、その襖はすでに、開かれたあとだったのだ。


ドシャグシャガッシャーン。

突如虚空へと飛び込む羽目になった僕は、一瞬誰かの頭を飛び越えたあと、派手な物音を立てながら見事に着地失敗した。

ゲーム機、菓子箱、ぬいぐるみの散らかった床を不格好にローリングし、最後は大きなぬいぐるみに抱きかかえられ、ようやく体が停止した。

「いっってぇぇEEEEEEEEEEEE!!!!!!」

それは僕史上、一番の声量だった。

たとえ散らかっていたものが子供じみたものであっても、痛いものは痛い。

そこには悲痛の叫び声をあげ、ぬいぐるみの上で悶え苦しむ高校生がいた。つまり僕。

そして、さらにもう一人。

なんと叫んでいるのは僕一人ではなかったようだ。

「み”ゃあ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!!!ふしんしゃ~~~~~~~!」

声の主は、僕を指差し絶叫した。

そこにいたのは、涙目になりながらわめいている一人の幼女だった。

・・・というかいま、僕の事不審者って言わなかったか?

「ちょっ、まって。ぼくは、不審者じゃ、ないって・・・」

「ふぎゃああああああん!!怖いよぉおお!!!!」

幼女は余計に大きな声で泣く。

誤解を解こうとしたが、思うように声がでない。痛みの麻痺で呂律がまわっていないらしい。

見知らぬ幼女はペタリとその場に崩れおち、ついには号泣してしまった。

正直僕も泣きたい身なんだが…。

一体全体、これはどういうことなんだ???。


「お、さっそくトラブル発生か?葦原」


右隣りから見知った声がきこえた。それも、この状況を作り出した元凶のような声だった。

「…申出。」

「…え?急に呼び捨てするじゃん?」

先ほどまで誰もいなかったはずの場所に現れたのは、にっくき担任の申出だった。

そして、申出がいると言うことはここはやはり彼の家ということだろう。

やっぱり僕は拉致られたのか!。

「おい、僕を監禁したって無駄だぞ!!お前の言うとおりになんて絶対にならないからな!」

「は?おいおい、何言ってるんだよ葦原、急にどうした?」

「・・・?」

僕としては、魔王と対面した勇者張りの宣戦布告のつもりだったのだが、当の先生は首をかしげている。

予想外の反応に、僕の方が思わず動揺してしまう。

「監禁って、何の話をしてるんだ?お前の趣味か?」

「そんな趣味はないですよっ!!というかそもそも犯罪じゃないですかそれ。…ってそうじゃなくて、えっと。・・・あれ?」

「どうした?」

「先生は、僕を誘拐したんじゃないんですか?」

誘拐犯にこんな質問をする奴は、僕が初めてだろう。しかし、その質問が僕の誤解をどうやら解いてくれたらしい。

突如、先生は噴き出した。その反応が、何よりの答えだった。

「お、お前なぁ!さすがに言っていいことと悪いことがだな!」

「えっ、違うんですか!?だって、てっきり先生は僕の事を…」

「ンなわけあるかぁ!どんなタイプのナルシストだよお前…。だいたい何がどう転んだら俺が葦原を誘拐するなんて発想になるんだ?」

「それは、数ページほど戻っていただければより詳しくわかりますよ!」

人目を避けるような誘導。存在があやふやなミカちゃんという人物。そして、実際にさっきまで閉じ込められていたという体験。

これが論破されない限り、先生を疑わざる負えない。

僕がそう言うと、先生は苦い顔をした。

「・・・なるほどな。そういう風に見られていたわけか」

「そうです。でも、反論があるならちゃんと教えてください。僕だって、本当は先生を信じたいんです」

これは冗談ではなく、本心から先生の事を慕っている僕の言葉だ。大人として人格者であることも尊敬しているし、そして何よりその教育理念はいつだって見習うべき目標だった。

それが詐欺だったとしても、いや、詐欺ではないと信じたい。

「・・・・葦原」

「はい、先生。」

「残念ながら、その要点。結果的にはお前の予想であっている・・・」

先生は、唖然とする僕を見て、気まずそうな顔をした。

「だが、お前の予想が全てあっていたわけではない。俺は別に、お前をさらってなどいないし家庭教師の話は本当だ。そしてそのうえで、人目を避けこの件を隠していたというのも事実だ。なぜかと聞かれればそれが必要だったからだ。何せ、お前の知りたがってるその真実は、・・・お前には到底予想できないセカイの真実だからだ」

「予想できない、セカイの、真実?ナニバカげたことを言ってるんですか!意味わかんないです」

「安心しろ!すぐにわかる」

先生は、くるりと踵を返し、一直線にこの空間の隅っこへと近づいていく。

泣き崩れ、先ほどからずっと部屋の隅で怯えている、弱弱しい幼女のもとへと無遠慮に近づいていく。

そして、その隣に立った時、男はもう一度僕の方へ向き返った。

「葦原!。ここで俺は改めて、お前に自己紹介をさせてもらう。」

「???」

「俺の本当の名前は、申出、なんて東洋じみた名前ではない。これは単なるしゃれの利いた偽名だ。だがしかし、今の俺には残念ながら名乗るような真名がなくてな、だからあえて【オサルシフォス】の名を借りて、これを俺の別称とする。われの名はオサルシフォス。愛を信じる戒律のものなり。ってわけでよろしくな、葦原」

「え?・・・だ、れ?・・・は?」

「おうおう、だいぶ混乱してるな_。だがそれでいい!」

男は愛想よくわらい、そして間髪を入れずに

「みゃあっ!?」

ひょいっと、幼女の首根っこを掴んで持ち上げて見せた。

「・・・・そして、このちんちくりんこそが、おまえの仕事相手兼教え子のミカちゃんこと・・・」

「はなせみゃー!私は、お前より偉いんだぞっ」

「ああもう、うるさいですよ!もうちょっと空気読んでください。そもそもこの計画の全ては、あなたのためなんですから!」

「いやみ”ゃー」

目許がまだ赤いか弱い幼女は、体を巧みに動かし男の手から脱出しようともがいている。

はたから見れば、その光景はじゃれあう父と娘のようにも見えることだろう。

大変のどかでいいことではあるが、

「あ、あのー・・・」

完全に僕だけ放置されると、それはそれで困ってしまう。

「おっとっと、すまんな葦原。そんでどこまで話したっけか」

「いや、僕はさっきから置いてけぼりで何の話なのかすら分かってないんですが・・・」

「そうだったか。担任兼教師としてそれはわるかったな、ンじゃもうちょっと要約するとだな・・・」

「はい・・・」

つい、そんな返事をして、僕はまたとんでもない事実に驚いた。

それこそが僕の人生、最大の出合いであり、最大の転機でもあり、

そしてなにより、


教師(ぼく)の始まりだったのだ。


「お前の教え子第一号は、神様だ」




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神様!そこは左です!(仮) @Sinabaki

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