第5話 終息
「おはようございます、主任。先日の案件なんですが、ご相談したくて、今、よろしいですか? 」
「ああ、いいよ、どうしたんだ? 」
部下はほっとしたような顔をして、
「あの、ここなんですが―― 」
と私に書類を見せた。
それを見ながら、私は考える。
あの苛立ちは、あの怒りは一体なんだったのだろうか。
あれからすぐに私は有休を3日取り、不動産屋を訪れて職場近くの賃貸住宅を見つけて契約し、同時に片付け専門の業者を手配して、部屋を片付け、すぐさま引っ越しした。
ゴミが散乱した部屋を見たら業者は呆れるかと思ったが、「よくあることですよ、そのために自分達がいるんですから」と淡々と手際よくゴミを片付けていった。
そして、有休最後の日、私は引っ越し、強行軍だったがその日のうちに荷物をほどいて片付けた。疲れたが、終わってみれば、何とも心地よい。
予算の関係で、手狭なワンルームしか借りることができなかったが、独り身にはこれで十分だ。
何より、周囲には通常の家屋や低層ビル、マンションしかないその3階のワンルームには暖かな陽が差し込む。
そして、不思議なことに、引っ越し後、私は全く苛々しなくなり、道を行く子供達の笑い声には安らぎすら感じるようになっていた。
もちろん、職場でも極めて平静に業務をこなすことができる。部下達も最初は私の変化に戸惑っていたようだが、今では慣れてくれたようだ。
おそらくは、医者の言うとおり、職場と環境が変わったせいで、知らないうちにストレスを溜めていたせいなんだろう。そう。そうに違いない。
けれど――
もしかしたら、あの部屋は。あの薄暗い、陽の差さないあの部屋は。
あの部屋は社宅として借り上げたもの。主任や係長用として準備されたもの。
私の前任者もあの部屋に住んでいた。そして、職場で揉め事を起こして、仕事を辞めた。
揉め事とは、どういうものだったのか。誰も口を閉ざして話そうとはしない。
それは、退職した者への思いやりか。それとも、私が同じようなことを起こすのではないかという恐れゆえか。
部下達がひそひそと話をしていたのは、果たして私の態度のことのみか。前任者と同じ、そう話してはいなかったか。
いや、もうよそう。考えても仕方がないことだ。あれはストレスのせい、そういうことでいい。
「○○さん、今度、隣の部署に☆☆係長として着任しました、よろしくお願いします」
にこにこと笑いながら、私に話し掛けてきた彼に、
「ところで、あなたはどちらに住むんですか? 」
と私は問い掛けた。
部屋 チカチカ @capricorn18birth
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