169.おわりとはじまり
「いたい、いたいいたいいたいいたいいいいいい……」
ブラッド公爵軍、そして何とか追いついたゴルドーリア軍本隊が取り囲む中、神魔獣は血まみれでのたうち回っている。
メティーオよりも恐ろしい目と、元は棘だった体毛。切り飛ばされた翼の付け根がばたばたとはためくたびに、血が舞い散る。
「おやすみなさい。もう、寝ろ」
ここまで弱ってくると、防御に回す魔力すらもなくなっている。いい加減楽にしてやりたくて俺は、土魔術で鋭い杭を生み出してそのまま……くわりとこちらを睨みつけた眼と眼の間に突き刺した。根本まできっちりと埋め込んで、これでもう。
「やめろ、俺は寝たくない、貴様らを食って俺は、世界を、人間が下僕、魔力を食らって、やめろやめろやめろやめろおおおおお……」
シオンの声が、だんだん小さくなっていく。……これもしかして、シオンは死ぬけど神魔獣は、とかいうパターンかもしかして?
「ぐおあああああっ!」
「甘いわ!」
ただの獣、となったらしい神魔獣が吠えた瞬間、それにかぶせるようにテムが叫んだ。即座に神魔獣を、テムの結界が幾重にも取り囲む。
「これは……」
シノーペが、ぽかんとした顔で呟く。
その目の前でばきばきべきべきと、乾いた木を折るような音を立てながら結界が縮んでいく。当然、その中にいる神魔獣も押し潰されるように小さくなって……あれ、潰れて死ぬんじゃなさそうだな。
「クジョーリカよ。このまま、都の地下に埋めるぞ」
「う、うむ。やはり、そうなるのか」
「それしかないからな」
なんか、王帝陛下とテムの間でさくさくと話が決まってるんだけど。
テムの言い方からするとどうやら、この小さく潰れた神魔獣入りの結界を帝都の地下に突っ込む、ってことらしい。そりゃまあ、帝都の長である王帝陛下に話を通さないとだめだよな。
で、王帝陛下が「承知した」と頷くのを確認してその小さな結界がふわりと浮かび上がる。風に吹かれるように小さな珠は帝都の方に漂っていって、巨大な神魔獣が出てきた穴から中にふらりと入り込んでいった。ややあって。
「これで、よし」
テムが大きく頷いた。多分、謁見の間の更に下とかその辺りに埋めちゃったんだろうな。場所がどこか、知らないほうが自分のためのような気がする。この国のためにも。
その様子をじっと見つめていたファンランが、ふっとテムに問うた。
「消えないのでござるか?」
「困ったことにな。消せるのであれば、前に戦ったときに何とかしておる」
「なるほど。それで封印か」
「そういう意味だけで言えば、確かに『神』魔獣ですねえ」
俺もシノーペも、ひとまず事情は把握した。そうだよな、昔テムがゴルドーリアの軍と組んで倒した相手だもんな。
それなのに復活したってことは、倒しきれない何やらの事情があるってことだ。それは、今もそうで。
だからテムは、結界にギュウギュウ詰めにして封印するしかなかった、というわけだ。
そうして、神獣はゴルドーリア軍の方に向き直ると、声を張り上げた。それは獣の遠吠えにも、司令官の一喝にも似た声で。
「ゴルドーリアの民よ、ベンドルの民よ! 世界を破滅に追い落とそうとした神魔獣は、今ここに封じられた!」
ほんの数瞬の間、場はしいんと静まり返る。それほど、テムの声は隅々にまで響き渡ったんだ。
この場にいる人々の視線と意識が全て自分に向けられていることを確認して、テムはばさりと背中の翼を広げた。虹色の光がきらり、きらりと空間を舞う。
「我こそは神獣システムなり! ベンドルの都は、我と魔術師により神魔獣の影響を清める! まずはそなたらの家に戻り、ゆるりと身体を休めよ!」
ざわり、と人の騒ぎ声が湧き出す。多分、ベンドルの人たちが自分たちの扱いに騒いでいるのだと思う。ま、シオンの下でこう色々やっていた人たちはすぐ帰れないと思うけど。
「ゴルドーリアの民よ! ベンドルの民に力を貸し、戦のために疲れ切った地を癒やすすべを伝えよ! 多くの民は生きることに苦労し、戦に触れない者だ!」
そうして更にテムが発した命令に……まず、ちょうどたどり着いていた本隊の中から一人が歩み出た。あ、あれ国王陛下?
「神獣様のお言葉、しかと承ってございます!」
その陛下がひざまずき受け入れたことで、ゴルドーリアの軍はテムの命令に従って動くことになる。
……黒幕ぶっ倒したばっかりだけど、まだまだ忙しくなるってことかあ。
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