164.今のうちに
「ファンラン!」
吹っ飛んだファンランの姿は、ここから見えなくなった。戦闘中の衝撃や神魔獣の歩みに応じて土や雪が舞い上がる中に、落っこちてしまったようだから。
「案ずるな、マスター!」
「っ」
思わず踏み出しかけたところを、テムの鋭い声に呼び止められた。ああそうだ、ファンランが飛び出していく前に結界も、防御魔術もかけてある。あの衝撃からだって、きっと守られているはずだ。
「我らの結界は問題なく機能しておる! ファンラン・シキノが愚か者を縛れもせずに戦線離脱など、あり得ぬわ!」
「テムさん、さすがに言い方! わかりますけど!」
シノーペのツッコミに、ああそうかと本気で意識を引き戻す。そうだな、『あの』ファンランが、神魔獣をきっちり縛って動けなくしてないのにいなくなる、なんてことはあり得ない。
あり得ないから、俺たちはやることをやるだけだ。幸い、神魔獣は足元に転がってる人間のことは気にしていない。ファンランが落ちたほうを振り返ることもなく、まっすぐこちらに向かってくる。
ま、足には縄引っかかってるし、くちばしは網に包まれてるけどな。それも、いつ取れるか分からないから。
「遠慮なく、攻撃をかけよ!」
「一斉射撃! 放て!」
テムの声に重なるように、サファード様が叫んだ。無数の矢と無数の風、雷がこちらに進んでくる神魔獣をめがけ殺到する。
もちろん、向こうからも棘が無数に飛んでくるけれど……あーうん、やっぱり数とか威力が落ちてるわ。魔力無駄遣いしたな、お前。
「んんんんんんんんんんっ!!」
「雷魔術! タイプ射出、集中……いけえええええっ!」
まあ、あれを負かすのがこちらの目的なので遠慮なんてしない。俺に出せるだけの雷を目一杯組み上げて、そのまままっすぐに神魔獣へと叩き込む。
「土魔術、タイプ射出、ちょっと太めで集中攻撃いっきまーーーーーす! って、えええええ!?」
ほぼ同時にシノーペが、大量にある土や岩からいくつもの尖った柱を生成して発射した。のだが、なんで悲鳴が付いてくるんだ?
「おおお思ったよりおおきいいいいい!?」
「みーう」
あ、分かった。普段シノーペが作れるような柱って、家の柱に使えるくらいの太さなんだよな。だいたい。
でも今、神魔獣の前面にぶっ刺さったのは、人が腕を回して何とか抱えられるくらいの太さ。いくら何でも無茶じゃないかと思ったが、どうやらシノーペが思ってたより大きく作れてしまったらしい。
ま、そこらへんの検証は後だ、後。
「メティーオ、衝撃波! 妾の魔力も注ぎ込む故、遠慮なく放て!」
「くおーーーーーあおおおおおうう!」
王帝陛下の指示に従って、メティーオが衝撃波をぶっ放す。あいつにとって神魔獣は
それにメティーオ強いし、味方になってくれてるのは本当に助かる。衝撃波も、胴体狙ってくれてるし。……顔狙ったら、ファンランがかけてくれた網が切れるものな。アレのおかげで、向こうからの攻撃が弱まっているのは事実だ。
……ん。
「無詠唱魔術、できないのか? あいつ」
「一応できるようではあるが、弱っちいのう。魔獣は吠えねば、魔術の本気を出せぬし」
「あ、やっぱり」
独り言だったのに、テムが答えてくれて助かった。ああ、でもやっぱり神魔獣って神獣の域までは達してないのか。図体がでかいだけで。
「ただ、力は強いし丈夫だからな。面倒でたまらぬ」
「テムひとりじゃ無理だった理由、何となく分かる。土魔術、タイプ壁!」
神魔獣の足元に下から土の壁を生やし、移動阻害を狙う。そこに公爵軍部隊やテムの攻撃が殺到し、神魔獣がぶるんと頭を振って何とか攻撃をいなそうとしている。
とにかく、やつはやたらと丈夫だ。テムの魔術や結界が如何に高度なものだと言っても、ぶつけてもぶつけても相手が倒れないってのはなかなか疲れるんだよな。
だから、過去のテムは人間と一緒に戦った。ひとりだけじゃ、いくら神獣でも心が折れるかも知れなかったけれどでも、仲間がいたから。
「そろそろ、網が壊れますね」
「承知」
油断なく神魔獣を観察していたサファード様のお言葉に、テムは頷いた。そうして、シノーペにちらりと視線を向ける。
「シノーペ、こちらは結界を再展開する。防御魔術を」
「あ、は、はいっ」
慌てて頷いたシノーペの懐で、ビクトールがみう、と鳴いた。その声は、シノーペの詠唱でほとんど聞こえなかったけれど。
「防御魔術、タイプ全般、かかれえええええってえええええ!?」
あ、またか。今度は防御魔術の威力が、どかんと増している。結界が今すぐ破壊されても、たぶん数分は無傷で持ちこたえられるレベルに。
ただ、網の方はサファード様のお言葉通り、もう保たなかった。ぐぐぐ、と無理やり開かれるくちばしの力でばり、ばりと破れていき。
「おのレええええええ! 貴様ら、たカが、人の、分際でええええエええ!」
神魔獣、シオンの怒りの咆哮と共に、構成されていた縄ごと吹き飛んだ。
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