155.逃げるなら皆で

 とりあえず、大した妨害もなしに王宮……というのか、その建物を俺たちは出ることができた。城壁の中とは言え、それなりに広い道まで出たところでひとまず止まる。ざっと見たところ、全員いるな。一応、確認。


「みんな、大丈夫か!」


「う、うむ」


「きゅあーお」


「エーク殿も大丈夫でござるよー」


「ビーちゃんは大丈夫です! あと存命、という意味であれば全員!」


 王帝陛下やメティーオ込みで大丈夫そう、だけどシノーペは何を言っているのか……と思いきや、何か足元に兵士が数名、しっかり縛られて転がっていた。ああ、それも込みで全員ね。なるほど。


「途中で邪魔するので、急いで縛ったでござる。雑で恥ずかしいでござるねえ」


 いやファンラン、何やらテレているけど多分そこじゃねえ。それはそれとして、よくやったと言っていいだろう。いくら敵でも、シオンの餌食にするのはものすごく気が引けるし。

 と、そういうことは後で考える。急いで振り向いて、王宮全体に改めて結界をかけ直した。


「移動阻害、魔術阻害結界!」


「魔力、上乗せします!」


 俺の結界が、シノーペが上乗せした魔力で強化される。これで時間稼ぎにはなった、はず。まあ数分だろうけれど、それでもシオンが神魔獣の復活をやり遂げるには、まだ時間がかかる。

 と。


「キャスバートよ。帝都全体に、声を響かせることはできるか?」


「あ、はい。できますが……」


「民に、脱出を促す。この場にいたままでは、いつシオンの餌食となるやも知れぬ」


 王帝陛下が、俺にそう言ってきた。うん、そうだよな。この人なら、そうすると思った。シオンと違って。

 だから俺は、即座に風魔術を使った。


「風魔術、タイプ山びこ……範囲指定」


 遠くにまで声を届かせたいときに使うものなんだけど、戦とかで騒がしいとあまり効果がない。その点今の帝都なら、住人たちは家の中とかで静かにしてるみたいだから、効果はあるだろう。


「どうぞ、王帝陛下。できれば声を張っていただけると、さらに効果が上がります」


「礼を言う。……妾はベンドル王帝、クジョーリカである! 帝都の民よ、我が言葉を聞け!」


 俺のすすめに応じて、王帝陛下が声を張り上げた。顔は青ざめてるし、よく見たら身体ががくがく震えてる。

 一番狙われているのは自分とメティーオだと理解しているし、だからさっさと逃げたいはずだ。でもこの人は、帝都の人たちを何とかして生かすために呼びかけるのだ。


「大宰相シオン・タキードが妾に、王帝国そのものに反旗を翻した! あれは帝都の民を贄とし、自らの野望のために食いつぶすつもりだ!」


 ざわり、とどこからともなく声のようなものがした。多分、家の中でこれを聞いている人たちの、ざわめき。


「生きたくば逃げよ! 逃げる道は、我らが示す! 我らと、我らを救いに参った神獣様が!」


 あ、テムが巻き込まれた。まあ、こいつなら当然だって思うだろうからいいんだけれど、とちらりと顔を見たら本当にそんな顔をしているし。

 だから、神様の使いなんだよな。テムは、優しいから。


「我こそは神獣システムなり! シオンは己の野望のためにそなたらを殺す、と言うておるのだ! 死にたくなければ逃げろ! 神は無用の贄を望まぬ!」


 そのテムが、王帝陛下の言葉に呼応するように吠えた。少々乱暴だけど、このくらいはっきり言わないともしかしたら動けない人もいるかも知れないだろうし。

 そんな事を考えているうちに、あちらの家から一人、こちらの家から三人、などなど恐る恐る人々が出てきた。こちらはゴルドーリアの人間だけど、王帝陛下もいるし大丈夫……かな?

 ああまあ、このへんはテムが気合と迫力でどうにかするんだけど。神獣は、その気配が何となく違うから人々にも分かる、はずだし。


「エークリール! 安全な場所へ案内せよ! シノーペ、先触れを!」


「はい! 多分、サファード様の本陣前なら大丈夫なはずです!」


 テムの指示に対し何をもって大丈夫、とシノーペは断言したのか……とりあえず城壁から外を見て、何か納得した。

 いや、多分サファード様のいる場所ってここの近くの門からまっすぐ直進したところだ。ベンドル兵がめっちゃ伸されて、真っ直ぐの道ができているから。

 つまり、ほぼ戦が終わっていて一般人に害を出さずに脱出させられそうだから大丈夫、ということだな。もちろん、うっかり攻撃されないように結界や防御魔術ぶっかけとく必要はあるけれど。


「そなたら、恐れても致し方ないでござるが我らは王帝陛下の力となるべく参じた者共でござる。どうか、安心するでござるよ」


「ぐにゃーお」


 呼びかけるファンランの語尾のせいでどこか気の抜ける口調と、それから猫が交じるエークの鳴き声に人々は恐る恐る、「だ、だいじょうぶですか?」と顔をひきつらせながら集まってきた。


「防御結界、タイプ移動、全般!」


 ある程度集まったところで、俺が結界を展開する。え、なにこれと目を見張る人たちに説明するのは後回しにして、脱出を促そう。


「そなたらはこれより、南の地より参った者共の保護下に入る。妾と親しい仲であるからして、案ずることはない」


 王帝陛下の言葉に人々は、どこかホッとした顔を見せる。ああうん、確かにサファード様、というよりはセオドラ様とか仲いいもんな、王帝陛下。

 そうか、この人たちもいずれ、南のもう少し暖かいところに連れて行ってあげられるかもしれないのか。じゃあ、頑張らないとな。

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