154.一方その頃、元王子は愚かなので

 先行するブラッド公爵軍部隊と分断され、混乱していたゴルドーリア国軍本隊がどうにか落ち着いたところにその声は降り掛かってきた。


「ゴルドーリア王国の軍よ! 我が名はゼロドラス、貴様らの新たなる主である!」


「……団長、何か寝言言ってるやつがいます」


「寝言は寝て言え、とはよく言ったもんだな」


 ただし、その声の主と内容を理解した者は多かったが、全てがそれを冗談と受け取った。何しろゼロドラス・ゴルドーリアは既に王太子の地位を剥奪され、王位継承権を失い、ついでに言うと王家直轄領の鉱山で働いているはずだったわけで。


「なんであやつがこのようなところにおるのだ?」


「ベンドルの手の者が、そういう話を吹き込んで引っ張り出して来たんじゃないですかね。口車に乗りやすい方ですから」


 血のつながった父親であるゴルドーリア国王ワノガオスは呆れ顔になり、その側についている近衛騎士団長マイガス・シーヤはげんなりとした顔で大雑把すぎる推測を口にする。単純な推測のほうが、ゼロドラス元王子の行動原因には当てはまりやすいからだが。


「……首をはねておいたほうが良かったか?」


「今となりましては何とも」


 自身の息子、かつて仕えた相手に対する会話としては何とも物騒、かつ投げやりなやり取りを交わし、二人はゼロドラスに視線を向けた。ベンドルの一部隊を背後に、王子だった男は自信満々の声をさらに張り上げる。


「俺こそが、ゴルドーリアの王としてふさわしいはずだ! 貴様ら、我が前にひれ伏しベンドルへの忠誠を誓え!」


「あらやだ、元王子様が何かおっしゃっておられるわあ」


 王都守護魔術師団長アシュディ・ランダートは「ばっかねえ」と口の中だけで呟いて、それから右腕を軽く振った。その合図に呼応して、配下の魔術師たちが一斉に雷魔術の雨を降らせる。


「うぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!」


「うわああああ! き、貴様ら何をする、貴様らの王だぞっ」


「王都の護りを消した上、敵国に煽られて己の国の軍と敵対するような愚か者が、王であるはずがないわあっ!」


 直撃を食らって倒れ伏す兵士、逃げ回る彼らを差し置いて必死に叫ぶゼロドラスに対し、ワノガオス国王はさらに大きな声で怒鳴りつける。

 その声は戦場の隅々にまで届くかと言わんばかりの咆哮であり……故にゴルドーリアの兵士たちは、自らの王が誰であるかを再確認することができた。


「総員、かかれ! あれは敵である、我らが王の進む道を開けさせよ!」


『おおおおお!』


 そこに、マイガスが凛と声を張り上げた。一瞬遅れ、ゴルドーリア軍の攻撃がベンドル軍に襲いかかる。

 そもそもベンドル側はブラッド公爵軍、ひいては神獣システムを孤立させるための時間稼ぎの部隊であり、よって見た目よりも戦闘力は低い。そもそも栄養不足の者が多く、長く戦のできる状況でもない。

 とはいえ、既に後戻りもできない状況である。必死の形相でこちらに向かってくるベンドル兵の顔を垣間見てマイガスは、国王にちらりと振り返った。


「陛下、お下がりください。相手は必死です」


「しかし、ゼロドラスをあのように育てたのはわしじゃ」


 対して国王は、どちらかと言えば兵士よりは息子の方を気にしているようであった。であれば、説得もその方面から突きつければ良い、とマイガスは考えたようだ。「第三、第四! 左側へ展開、魔術師と協調せよ!」と指示を送った後で言葉を続ける。


「こう言っちゃなんですが、陛下は育児も教育もあまり参加しておられません。王妃陛下もお早くに身罷られてから、ゼロドラス殿下をお育てしたのは乳母と教育係です」


 うぐ、とかすかに聞こえたのは国王が息を呑む音であったか。

 とは言え、国王が直接育児や教育に関わる機会などゴルドーリア王国ではほとんどないことが多い。

 領土や配下の貴族に対する指示や監視、諸外国との交渉、更には王都・王城の内側に関する政まで様々な決定権を持つ王が、家族に割く時間はほぼ皆無である。

 ワノガオス国王はかなりの量を宰相であったジェイク・ガンドルに割り振ってはいたものの、そもそも子育てを自身が担うものだとは思っていなかったようで。


「結果としてその者たちが、第一王子を王にはふさわしくない者に育て上げてしまいました。陛下の罪は、そのようなものを教育係に取り立てたことです」


「……確かに、な」


「王族が子供の面倒を教育係に任せるなんて、よくあることですものねえ。と言いますか」


 空から襲撃してきた鳥魔獣の群れを防御魔術と風魔術できっちり防ぎきり、アシュディも口を挟んできた。『よくあること』の結果がこれであることを否定はしないが、ここにたどり着くまでにも様々な分岐点があったであろう。

 そして。


「国王陛下が直接お育て申し上げたとして、きっちり王位を継ぐ者にふさわしく育てられた自信、ございます?」


「………………ない、な」


 いずれにしろ、ワノガオス・ゴルドーリアは子の育て方において正しい選択肢を選ぶことはできなかった、というのが結論であろう。

 では、その結論に対しどうすべきか。


「ゼロドラスは既に我が子にあらず。この場にて首が落ちようともそれは、ゴルドーリアへの反逆者が一人死ぬだけのことである!」


「ふざけるなああ! 父上のような愚か者の王がいたから、俺は王としてジェイクと立とうと!」


「我らが神獣様のお怒りを買うような愚か者が、王になるべきではない!」


 血のつながった息子を切り捨て、そうして最後には自分も切り捨てられるべきである。

 もしかしたら国王は、そう考えているのかも知れない。

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