150.どこかズレた伝承
「お初にお目にかかる、神獣システム殿。ベンドル王帝国大宰相、シオン・タキードだ」
言葉も、深く下げた頭も、一応テムへの礼儀にはかなっている。だけどこのシオンという男、どうも本質的には神獣であるテムですら自分の下、に見ている気がするんだよなあ。
「そなたか。国一つ好き勝手にするだけならいざしらず、都の民を餌にろくでもない化け物を復活させようとしている輩は」
テムの、背中の毛が逆立っている。テムだけじゃなくエークも、そしてメティーオも。小さなビクトールですら、ふしゃーという感じだ。
彼ら全てが、シオンに対して敵意を持っている。俺もシノーペも、あいつを縛ろうとしてるファンランだってそうだ。
「ろくでもない? ははは、ご冗談を」
なぜなら……そんなふうに軽い言葉を返してくるシオン自身が、その真っ黒な全身からこちらに向けて敵意、殺意をむき出しにしているから。
それなりに整った顔は笑みを浮かべていて、でも真っ黒な目は笑っていない。口元の歪み方はお前らなんぞ屁でもないわ、という感じの歪み方で、つまりこいつは俺たちなぞ簡単に殺れると思っているんだろう。
もっとも、王帝陛下とメティーオが閉じ込められている鳥かご型の結界とか、帝都のあちこちに仕掛けられていた陣がこいつの仕掛けなら……うん、そのくらいの実力はあってもおかしくない。だから念のため、魔力の発動を準備しておこう。
「神の使いと魔物のハイブリッドたる神魔獣、かれを呼び起こし世を治めるために、都の民は必要な贄だ。あの者どもも、ベンドルが世界の覇者となる礎になれるのだから、光栄なことであろうよ」
『は?』
ただ、その後の言葉にこっちは全員首を傾げたんだけどさ。つーか、神魔獣の解釈おかしくないか、お前。
というか、こちらには直接知ってるやつがいるんだが。一応、確認してみよう。
「テム、神魔獣って確か、めちゃくちゃ強い魔獣のことだよな?」
「うむ。我、直接殴り合ったから確かだぞ。上位の存在とのつながりは、全く感じられなかった」
だよね。俺たち、既にテムから聞いてるわけで。
もっとも、ベンドル側でどういう伝承になってるのかは知らないけどさ。『ランディスブランド』の魔術師と一緒にテムが旧王都を護ってくれるようになる、その前の話なんだから。
「……と、テム殿はおっしゃっているのでござるが。そこら辺、どうなのでござるかね?」
『ぐるるるる……』
テム側の確認が取れたので、ファンランが呆れ顔でシオンに尋ねる。
エーク、犬魔獣たち、ステイ。今すぐ飛びかかりたい気持ちはわからんでもないが、あっさり返り討ちにされてもやだし。というか魔術でさっくりやってきそう。
「『偽王国』では、そのように伝わっているのか。ベンドル……否、我が家に伝わる伝承では神魔獣はまごうことなく神の使いであり、世を統べるために必要な力である」
ファンランの問いに対するシオンの答えは、何というかそのー……どれだけ盛ってるんだ、という感じだった。あと、テムとゴルドーリア軍その他に負けてるのは事実だろ。
それに、何が世を統べるために必要な力だ。そのために国民や、王帝陛下やメティーオを犠牲にするな。
まるでベンドルという国が、お前の世界征服のために造られた国みたいじゃないか。ふざけんな……そりゃ敵だけどさ、でも納得行かない。
もっとも、口に出すつもりもない。多分シオンには通じないからな……だからあいつは、上から目線のまま、ふざけたセリフを口にして。
「所詮は偽の神獣、真実を見ることもできなかったとはな」
「あ゛?」
神獣システムの怒りを、買った。
そりゃそうだろう。自分は神魔獣の本物も見たことがないのに、見たことがある、と言っているテムの言葉に耳を貸さないし。
そして、長きにわたりゴルドーリアの『神なる水』を護ってくれていたテムを偽物呼ばわりって、なあ。
「ゴルドーリアを偽の王国と呼ぶのも大概であるが、我を偽の神獣と断じるか。この愚か者が」
「……っ」
そして、さすがの大宰相も怒ったテムの迫力には少々押されているようだ。少々、なあたりはさすがというか。
さて、ここかな。せっかくの魔力、発動してやる。目標は、鳥かご。
「魔術防御結界、展開!」
「何!?」
移動その他を阻害するであろう結界に、魔術を防御する結界をぶつける。結界っていうのは結局のところ魔力の壁であって、だから魔力や魔術を防ぐための結界をぶつければ多分、ある程度穴は空けられるはずだ。
普通、そんな使い方をするもんじゃないからな、結界って。さて、どうなるか。
「愚かな! 炎魔術、雷魔術、雨あられと降れ!」
シオンはというと、二つの魔術を同時に放ってきた。炎と雷の雨、要は射出タイプが俺めがけて突っ込んでくる。
「愚かはそなただ」
「水魔術、タイプ氷いきまっしょー!」
それを防いでくれたのは、詠唱無しで展開されるテムの防御結界。そして同時に、シノーペが反撃の魔術を撃ち出す。
さらに、ファンランがジュッテを抜いて飛びかかった。
「いざ、参るでござるよ!」
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