149.趣味の悪い結界

 扉の中、さほど大きくない建物の中でおそらくは一番大きな部屋……多分謁見の間だと推測されるこの部屋のど真ん中に、鳥かごがあった。人が暮らせる部屋くらいのサイズ、その中に……本当に人がいる。あと、小さな魔獣も。


「きゃう!」


「神獣殿? ……キャスバート」


 テムたちに教わって小さくなったメティーオは、檻から出られるサイズなのに出ようとしない。こちらに気づいて歩み寄ってきた王帝陛下も、檻には触れようとしない。

 うん、あれは鳥かご、檻の形をとった結界だ。視覚効果を付与してどうするんだよと思ったんだが、まあメンタルダメージだの何だのには効果的だよな。

 まあ、いいか。

 シノーペとファンランは俺たちの側で、犬魔獣たちは鳥かごを囲むように散らばり、周囲を警戒している。シオンを見つけられれば、と思ったんだけど気配遮断でもしてるらしく、彼らにはわからないようだ。もちろん、俺もテムたちも、だな。


「お迎えに上がりました。王帝陛下」


 どうせどこかで見てるんだろうシオンのことは気にせずに、俺は頭を下げた。こういう状況を作り上げる奴だし、助け出す直前くらいまではのんびり見てるタイプと見た。で、いいところで出てきてこっちの気分を台無しにする感じ。

 なんかさ、元王太子殿下とか元宰相閣下とかそこら辺と似たキャラだと思うんだよなー。


「クジョーリカよ、メティーオよ、その鳥かごは狭かろう。ゴルドーリアの青空の下に帰るぞ」


 まあ、そこら辺のことはさておいて。テムはあっさり、そう言ってのけた。

 ざっと見てみたけれどこの結界、罠がかかっているタイプの術式ではないっぽい。なので、きちんと解除すればふたりを解放することは簡単だ。おそらく、その辺りでシオンが出てきてもおかしくないけどな。

 さて、テムの言葉にいち早く反応したのは、メティーオだった。背中に翼があるから、軽く飛ぶことはできるんだけど……そのまま、王帝陛下の後ろに回るとぐいぐい押し始めた。


「きゅい……きゅうう」


「こ、これメティーオ、押すでない」


 えーと、これは王帝陛下は助けて、という感じかな? テム。


「メティーオよ。そなたのクジョーリカへの忠誠、良きことだと我は思う」


「きゅああ、きゅいいい」


「がう!」


 テムの言葉に返すメティーオの鳴き声は、ありがとうございますって感じだ。ただ、それにエークが一声吠えたのは……なんというか、お前何言ってんだみたいな?

 何だか、実際に言葉を話せなくても何となく言いたいことが分かる、っていうやつになってきた。実際のところはどうだろうな、とは思うんだが、テムが「ほれ、エークリールも言うておる」と返したので多分、合ってる。


「メーちゃん、だめですよ? 王帝陛下と一緒に、メーちゃんもゴルドーリアに帰りましょう」


 俺と同じように会話の内容を理解できたらしいシノーペが、メティーオにそう呼びかける。いやほんと、せっかくなんだから元の姿に戻ってそのまま飛んで帰るって手もあるんだぞ。シオンがそこに何か仕掛けてないとは思えないけどさ。


「わ、妾は良いから、メティーオを連れ帰れ。妾はここで、シオンと」


 と、王帝陛下が逆のことをおっしゃった。あーうん、何かどっちも相手を逃して自分死ぬ、とかいうタイプだったのか。

 ……そういうの、癪に障るんだよなあ。だって、自己満足だろ、それ。

 だいたい、『シオンと』ってなんだよ、と突っ込む前にファンランが、きっぱりと言ってのけた。


「刺し違えるほどのお力は、ないとお見受けするでござるが」


「ぐっ」


 あ、王帝陛下、答えに詰まった。

 そりゃそうだよな、と思う。国の長を継ぐ立場の女性、だけど大宰相とかからしてみれば多分、ただのお飾りとして存在していればいいひと。

 そういうひとに、特に武術なんて教えないだろう。そういうのが得意な人ならそっちに特化させればやりやすいと思うけど、この王帝陛下は案外頭が良い、と思う。そんな人に、戦闘力までつけたら多分、シオンの手に負えなくなるから。


「なれば、我らに任せよ。シオン・タキードと刺し違えるなど愚の骨頂、一方的に叩き潰してくれる」


「……シオンは強い。妾はそれしか知らぬ」


「でも、ランディスさんとテムさんがいるんですよ。それに私もファンランさんも、エークちゃんとビーちゃんもいます」


「何であれば、シオンは首を縛るでござる。ゆえに王帝陛下、案ずることはないでござるよ」


 ……王帝陛下を元気づけるつもりなんだろうけど、どう考えても相手が聞いているだろうこの状況で散々なこと言ってるな、皆。

 これで怒って我を忘れてくれるような相手ならいいんだけど、多分それもないだろうしなあ。ゴルドーリアの元宰相と違って、こっちの大宰相はかなり有能っぽいし。


「そうだな、案ずることはない。ここにいる者全て、滅ぼしてやるだけのことだ」


「きゃんっ!?」


 瞬間、犬魔獣の一頭が跳ね飛ばされた。多分、今まで展開していた気配遮断その他の結界を、さくっと解いたんだろう。そのついでに魔獣を弾き飛ばして、その黒衣の男はにやりとめんどくさい感じの笑みを浮かべた。

 ……黒髪だけど、微妙に赤い色が見える。あー、やっぱり遠い親戚か、お前。


「……シオン」


 王帝陛下の呼んだ名に、シオン・タキードはゆったりと頷いてみせた。

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