143.企み

「ブラッド公爵領から帝都を目指すなら、この上空を飛ぶのではありませんか? そこで捕まえられれば」


「え、この上空は我でも避けるぞ」


 とっさに出たらしいシノーペの言葉を、テムが即座に斬り捨てた。ま、そうだよな。


「我らが知らぬ間にクジョーリカを帝都に呼び戻す算段なのであれば、我らにバレるようなことは極力避ける」


「それもそうですね……」


 うん、俺がシオンでもそう指示する。ただまあ、コーズさんのような魔獣使いが知らせるというのも多分、あちらの計算には入っているだろう。何しろ、ベンドルは戦の主軸が魔獣だし。

 さて、それはともかくとして、だ。


「しかし、王帝陛下は何故帝都に戻られるのでござろうか。大宰相シオンの差し金としても、戻る理由が思い当たらないでござる」


「王帝陛下というより、おそらくはメティーオでしょうね。帝都で神魔獣を復活させる、くらいのことをお考えなのではないでしょうか」


 ファンランの疑問はもっともだが、今は王帝陛下が戻ることを選んだ理由よりはシオンが王帝陛下に帝都に戻って欲しい理由、の方を考えたい。サファード様がそちらに答えをシフトしたのは、ぶっちゃけそっちのほうが重要だからだよね。

 というか、サファード様。その推測って、結構洒落になってませんが。


「……それ、急がないといけない事態ですよね」


「帝都の民を巻き込む気満々、ということでござるし」


 シノーペとファンランは、頭を抱え込みたくなるような顔をしている。いや、戦闘中じゃないから抱え込んでもいいぞ。

 しかしまあ、ブラッド公爵領で復活を狙わなかっただけありがたいけどさ。そんなことしたら……うん、洒落にならない。大宰相シオンが何を考えているかはともかくとして、そこだけは感謝する。恩を仇で返してやるけど。

 そうして、同じことを考えていたのかお顔から表情が消え失せていたサファード様の口元に、やっと僅かに歪みが戻った。あーよかった、ちょっとでも笑ってくれる状況になった、らしい。


「帝都の方々を巻き込む気しかないのは同感ですが、急ぐことはないと思いますよ。おそらくあちらは、僕たちが来るのを待ってくれます」


『え』


 何か、唐突にそんなことをおっしゃってきた。今まで超真顔だったの、そこらへんのことを考えておられたからだろうか。

 というか、断言できる材料なんてあったけなあ……あ。


「ベンドル軍が後続部隊と俺たちを分断したの、それが目的ですか」


「ええ。そう考えると、腑に落ちます」


「……もしかして、私たち『だけ』に帝都に来てほしいから、後ろの部隊を来られないようにした、と」


「後ろは進めなければ良いので、戦力もさほど必要ではないでござるね」


 あーあーあー、そういうことか。

 神魔獣の餌にするのに、どうせなら雑魚より強いやつ……具体的に言うとサファード様とかテムやエークとか、そこら辺のほうがいいってことだよな。あと、向こうからすれば敵は少ないほうがいいわけで。


「究極的には神獣様、あと魔力の高いキャスバートくんやシノーペさん辺りが来てくれると、向こうとしては嬉しいのではないかと」


「俺ですか」


「元特務魔術師の肩書は、ゴルドーリアの魔術師の中でもトップレベルってことですから」


 サファード様のほうが説得力あるなあ、くそう。

 要は、今ここに固まってるメンバーが帝都まで来てくれるとシオンにとってはラッキー、なわけだ。


「かといって、行かないわけには……」


「ベンドルの帝都が全滅して、神獣様でも手に余る強大な敵が出てくるというのに変わりはありませんからね」


 ですよねー。

 ここまで来ちゃった以上、さっさと帝都に着いてシオン・タキードをぶっ潰して帝都も王国も守らないと、大変なことになるのは目に見えてるし。

 だいたい、神魔獣なんて大層なものを引きずり出そうとしてるやつが、その後そいつを暴れさせる対象をゴルドーリア王国だけで済ませるとは思えない。他の国にまで突入する可能性は、十二分にある。


「しかたがないでござるな。やはり、シオンは自分が徹底的に縛るでござる」


「それはおまかせします。僕の方の馬車に強靭な縄が入っていますから、それを使ってください」


「おお、それはありがたいでござる! しっかりと、使わせてもらうでござるよ!」


 ……違う方向に頑張る気になっているファンランは、まあいいとしよう。

 縛るということは生け捕り前提なわけで……うんまあ、生け捕れたらその後の処分は王帝陛下も込みで考えられるけどさ。


「ではまあ、このまま進軍ということになるな?」


「はい。神獣様におかれましては、先に進む全部隊への護りを引き続きお願いしたく」


 結論としては、テムの言う通りこのまま進んでいくしかない。大宰相シオンの企みは大雑把なところまでは推測できているけれど、詳細は分からないからある意味ぶっつけ本番か。

 そして、護りを託されたテムは大きく頷いてみせた。


「任せよ。エークリール、ビクトール、そなたらは周囲への警戒を怠るでないぞ」


「にゃう!」


「ふみー!」


 猫二匹が、とても元気に返事をする。ビクトールの横で休んでいた犬魔獣が、「きゅう」と答えたのにはびっくりしたけど。


「君は、しばらくの間休んでいて構いません。君をきちんと連れて帰らなくては、メルやコーズに叱られますからね」


 そう、サファード様がおっしゃったのに小さくしっぽを振って、答えてくれた。

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