142.知らせ
翌日、俺たちは砦を出発した。
縛り上げられた兵士たちや降伏した兵士たちは、そのまま置いていく。いやだって、連れて行ってもなあ。帝都についたところで反乱されても面倒だし……ということで、砦ごとテムが移動阻害結界で包んで置いていった。
「三日もすれば魔力が切れて、結界は消える。それまでおとなしく、辛抱しておけ」
ふん、と鼻を鳴らして獅子姿のテムが言い置いて、そうして俺たちは砦を離れる。
で、ぼちぼち進んでその三日目。雪降ったりし始めたので、砦の兵士たちも出てこないといいなあと思いつつソリになった馬車を走らせていた。
情報ではあと二、三日ほどで帝都が見えるはず、らしい。周囲は相変わらず山と雪ばっかりだけど……まあ、カモフラージュにはなるか。
「うわっ!」
ふと、馬が止まった。ソリは勢いで滑るけど、御者さんが踏み板を踏むとつっかえ棒のようなものが出てきて地面に引っかかり、停止する。
それにしても御者さん、どうした?
「あ、あのすみません。こいつが」
「ありゃ?」
御者さんが何かを抱えて、涙目でこっちに訴えかけてきてる。え、何だと腕の中のものを見せてもらうと……長毛種の犬の魔獣、だった。
怪我はないけれどふうふうと荒い息をしていて、している首輪にはブラッド公爵家の紋章。
「……ファンラン、サファード様呼んできて。あと全軍停止のお願い」
「承知でござる」
即座に指示を出して、魔獣を受け取る。「しばらくここで待機お願いします」と御者さんに頼んで、俺たちも馬車を降りた。
車上では猫の姿だったエークが即座に虎の姿に戻り、周囲に隠れているかも知れない誰かさんへの威嚇を担当してくれてる。テムは切り札みたいなものだし、ビクトールは豹になってもせいぜい大きな猫だからなあ。
「こちらでござるよー」
「どうしました?」
程なく、ファンランがサファード様を連れてきてくれた。彼なら、この子の事はよく知ってるはずだから。
「あの、この魔獣がこちらの御者にぶつかりまして」
「コーズの子ですね」
うん、ひと目で頷いてくれた。
ブラッド公爵家の執事であるコーズさんが、複数使役している犬系の魔獣。この子はその中でも移動速度が一番早く、さらに自然の中を走るのに適している、と聞いたことがある気がする。
その子が、息も絶え絶えにここまで突っ走ってきて、多分こちらを止めるために御者さんの懐に飛び込んだ、と考えるのが一番手っ取り早い。
……つまり、ブラッド公爵家になにかあった。ちょっと前にテムが予感してた、そのとおりに。
「後ろの者には言ってありますが、ここで一時休憩を取ります。周囲の警戒を怠らぬよう」
「はっ!」
それをサファード様も察したのだろう、こちらの部隊に手早く指示を出してくれた。何があったのか、確認してこの後のことを決めなくちゃならないから。
「ふにゃ」
……エーク、虎になっても鳴き声が猫だぞ。
それはともかく、ごろんと座り込んだエークがこっちこっちと誘っているようなのでありがたく、背もたれにさせてもらうことにした。そうしたら、コーズさんの魔獣を膝の上に置けるし。
「きゅう……」
「みう」
「あら、ビーちゃん。そうね、一緒にいてあげて」
で、そうしたところでシノーペの許可を得て、ビクトールがふみふみと横に入ってきた。こねこなのでさほどじゃまにならないし、主の言うとおり一緒にいてやれ。よしよし。
「ひどく急いだので、魔力が心もとないだけのようだ。程々に補給せよ、魔力ならこの者共は余っておる」
「わう」
テムの指示に一つ頷いた犬魔獣は……でも、魔力を吸おうとはしないな。ひとまず水か、牛乳をしまってあるはずだからそれでも飲ませるか、と考えていて気づいた。
「あ、首輪に」
首輪に、細長く折られた紙が結び付けられていた。この子は毛が長いから、それに紛れて見えにくかったんだな。
解いて、サファード様に渡そう。コーズさんの子なら、間違いなくサファード様宛のはずだから。
「コーズからの知らせですね。………………ふむ」
受け取ったサファード様が紙を開いて素早く目を通し、それから厳しい表情になった。普段ふわふわした感じの人だから、こういうときはものすごく恐ろしくなる。ただでさえ気温が低いこの場所で、更に背筋が凍るような感覚に襲われたのは俺だけじゃないよな。
「悪い知らせであるな?」
「はい」
テムの疑問に短く答え、俺たちをくるりと見渡すサファード様。その口から紡がれた報告の内容に、俺は絶句した。
「王帝陛下とメティーオがうちを離れ、ベンドル帝都に向かっているようです。どうやら、シオン・タキードの差し金かと」
「え?」
だって、そんなはずないだろうに。なんで、俺たちを飛び越えるようにして、そんな事ができるのか。
「他にも協力者がいたようですが、メルとセオドラには危害は加えられなかったようです。あくまでも、王帝陛下たちが目的であったようですね」
言葉を続けるサファード様のお顔から、表情は消えていた。
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