141.換装
俺たちを含む先行部隊は、一日半ほど行軍した後に砦に入った。
……エーク、ビクトール、ファンラン、サファード様とあと数人でこっそり忍び込んで、基本的には例によってファンランが縛りまくって制圧した、とはサファード様のお話である。
「いや、サファード様も大概だったでござるよ? というか、反抗せねば生命までは取らない宣言とその後はほぼサファード様がお一人でやってしまったでござる」
「ふにーう」
ファンランの証言がサファード様と異なるのは……あーうん、多分お互いに相手の方がすごいとか思ってるんだろうな、いろんな意味で。エーク、猫に戻ったのはいいけど首をかしげるな。
……と思っていたら、エークが見ているのはまた違う方向だった。具体的には、猫テムが窓の外を眺めているところ。何か、砦に入る辺りから多いんだよな、あれ。
「テム?」
「ふに? ……い、いや、どうも嫌な予感がしてな……」
作業も一段落してるってことで思わず声をかけたら、一瞬だけ猫だった。緊張感なさすぎ、と考えつつ、頭を撫でる。地味にシノーペの手入れがレベルアップしてるようで、つやつやつるつるふわふわだ。俺も緊張感ないな、うん。
「嫌な予感? はっきりわからないのか?」
「うむ。おそらくはブラッド公爵領だと思うのだが、ここまで離れるとな……」
「だいぶ来たもんな」
ブラッド公爵領を対象に、嫌な予感。まあ、多くの軍が留守をしてるし、俺たちやテムやサファード様も今はベンドルの領内だ。
どこかの勢力が、何の目的かはともかくブラッド公爵領を狙うとしたら今だろう。他の貴族の領地も、それなりに守備は固めてるって聞いたけれど、さて。
「けど、今から戻るのも手間だし……そうするには俺たちは、敵陣深く入り込みすぎている」
「分かっておる。残った部隊を信じるより他あるまい」
「うん」
実際のところ、俺だってバート村の皆のことは心配だ。だけど、そういうこともあるって覚悟の上で俺は出てきたんだから……残ってくれて、後は任せろと俺たちを送り出してくれた皆を信じるしかないし。
そういえば、王帝陛下とメティーオどうしてるんだろうな。なにもないといいけれど……なんてことを考えていると、何かありそうでいやなんだよなあ。
さて。
俺たちがこの砦を占拠した理由の一つが、馬車を雪国仕様のソリに換装する作業を行うためだ。
一応持ってきてはいるんだけど、せっかくなので家探しというか砦探しさせてもらったら換装用の道具やらソリやらが見つかったのでありがたく使わせてもらうことにする。
なので、主に俺たちの作業っつったら荷物の移動。換装するやつから一度降ろさないと車体が重すぎるし、乗り換えするなら荷物を移さないといけないしな。専門の作業は工兵さんたちに任せて、俺たちは俺たちにでもできる作業をしていたわけだ。
「作業は全て終わりました。今晩はここに泊まって、明日には出ます」
ここにたどり着くまでと同じくらい、すなわち一日半ほどでサファード様がそうおっしゃった。てか、俺はそういう作業には詳しくないがえらく早い、とは思う。
「早かったですね?」
「こちらの砦にいた兵士の皆さんが、手伝ってくださいましたからね」
「手伝わせたのか……まあ、人の手は多いほうが良いが」
にこにこ笑顔のサファード様に、テムが呆れたようにぱったんとしっぽを一つ振った。一緒にいるエーク、そしてビクトールも同じようにぱったん。……お前ら何やってるんだ、まあいいけど。
「というか、破壊活動とかされてませんかそれ?」
「確認はしてますよ。ちなみに、最初の馬車に傷をつけようとした結果があれです」
『………………』
あれ。
そういえばここ……馬車やソリの倉庫でそこそこ天井が高いんだけど、その天井の梁からぶら下がっている変態芸術が三つほど。猿ぐつわ付きでうーうー唸っている、見慣れない顔なので多分ベンドルの兵士たちだ。
なるほど、目の前でファンランがきゅきゅっと縛り上げた上に吊るしたな。首に縄引っ掛けて吊るしてるわけじゃないので、まあしばらく死ぬことはないと思う。そのうち降ろしてやらないといけないけど。
あれを見て、他のベンドル兵士たちは素直に従ってくれたんだろうな。いや、それで良かったと思う。だってさ。
「治癒魔術を気軽に使える立場であれば、もうちょっとしっかり言い聞かせて差し上げたのですが」
「多分精神が保たないんで、それで良かったと思います」
「おや、そうですかね」
そんなことをおっしゃるサファード様が、この部隊の司令官なんだからなあ。
いやほんと、ここにメルランディア様とかセオドラ様とかがおられなくてよかった。どちらかがおられたら、確実にベンドルの兵士たちは『しっかりと言い聞かせ』をされただろうから。チクチク傷をつけて、その傷をさらっと治して、別のところにチクチク、と。
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