134.食物
ひとまず飯食って、交代で見張りしながら休んで、ついでに周辺を警戒したらファンランが一人縛ってきたので情報を収集してもらいつつ、朝。
出立の準備はできたので、まずは進もう。
「ビーちゃん、動きますよー」
「みうー」
膝の上に乗っているグレーの猫とシノーペが、楽しそうに話をしている。がったん、と動き始めた馬車の揺れにあわせて、しっぽがゆらゆら。
エークのきょうだいに、シノーペはビクトールという名前をつけた。んで愛称がビーちゃんなんだと。いや、いいけど。
「……何か、さっきすごい目で見られてなかったか? 俺ら」
馬車に乗る前、どこかの部隊の兵士が俺たちを……あー、いきなり目の前にノースグリズリーとか虎エークとかが現れたときのような顔で見てたんだよな。一応、シノーペに聞いてみよう。
ファンランはその時、縛ったやつの情報まとめてサファード様のところに行ってて知らないんだよね。……知ってたらそいつらも餌食になった気がするから、まあ良かったと言えば良かったんだけどさ。
「ああ、他の部隊の方が見てました。どうも、魔獣使いが苦手な方々らしくて」
なるほど。魔獣使い、というか魔獣が敵として軍団でやってくるのが苦手なんだろう。人を相手にするのとは、わけが違うから。
「苦手にもなるだろうな。被害はともかく、上から敵が降ってくるんだから」
「ベンドルの者共を相手にする以上、慣れねばならぬのにな」
こちらは俺の膝の上でうにょーんと伸びている、猫テム。猫エークはシノーペの横に座っていて、さっきから何やらウニャウニャ言っている。……もしかして、しつけか?
「上から降ってくるのが魔獣本体であればともかく、……あまり考えたくないものを降らせてくる可能性もある」
まあそれはともかく、テムの微妙に口ごもった内容に俺は何となく思い当たるフシがあった。戦のときに敵に浴びせるのは、武器だけじゃないってことだ。
「……放っておくと火傷にとどまらないあれとか、身体に毒が回りかねないあれとか?」
油染み込ませた布に火をつけたり石焼いたりして投げると、前者。後者は……ほら、魔獣じゃなくても鳥とかがぷりっとやってくるあれ。排泄物。
「主に後者であろう。何しろ、魔獣にたっぷり食わせて飛ばせば勝手に出てくる」
「うわあ」
しかも、テムはどちらかと言えば降ってきてほしくない後者の方を挙げた。いやまあ確かにそうだけど! というか今までよく降ってこなかったと思うけど!
……ただ、『今まで降ってこなかった理由』もテムは、ちゃんと言ってくれた。
「まあ、魔獣に食わせるだけの食料があるかどうか、だがな」
「あー」
当の魔獣を肉として食った俺が言うのもなんだけど、さすがに食肉用の家畜に比べれば硬い肉だったし、細かった。
戦闘用として何とか育成できるくらいにはなっているようだけど、そもそも生き物なので食い物は食うわけだ。神獣であるテムだって、サンドラ弁当とか食べて喜んでいたし。……実際には魔力だけでいいんだろうけれど。
で、その辺りの答えはファンランが持ってきてくれた。多分、今朝縛ったあいつからだろうな。
「ひとまず、この近辺では上から毒の元が降ってくる心配はあまりないでござる」
「つまり食糧不足ってことですよね」
「その通りでござるな。駐留部隊の方々ですら、自身の食事に困窮している有様でござる」
マジか。
……王帝陛下が、ゴルドーリアの地を狙っていたのも分かる気がする。兵士が飯に困っているなら、いるかどうか分からないけれど一般市民なんてもっとお腹をすかせているだろうし。
「……というか、常習的に焼き肉だったようでござる。野菜は城や砦の中で細々と作っていたものを、ちみちみと食していたようでござるよ」
「え」
常習的に焼き肉。
肉の出どころは、周辺の森の中、だろうか。もしくは。
「普段は使役魔獣に獣を狩らせ、それで足りぬときは」
「その使役魔獣を食べる、ってことですか。ファンラン」
「そういうことでござる」
あー、やっぱり、という結論をテムとシノーペが出す。……エーク、ビクトールの耳をふさいでいるのは自分たちも使役魔獣だからか? ビクトールが「ふみゅ?」と首を傾げているのが可愛いぞ、こんちくしょう。
「いや、私たちも食べましたけど、ねえ」
「解体した肉、しまってあるぞ」
収納魔術で収めてある魔獣の肉は、今後の食事に優先的に出されることになる。保存食のほうが保つので、生肉は先に食わないとな。
それはともかく……狩ってきた獣はいいとして、自分たちが使役してる魔獣を食料にするなんて、それだけ飢えてるということなのか。
「こちらとしては、倒した敵の獣だ。食す分には、別に構わんのだが……使役されているものは、主に逆らえぬからのう」
「でも、主が死んだら……まあ野生に戻るだけだけど」
「そうしたらおそらく、共食いであろうな。飢えているのは、人も獣も同じだ」
ベンドルの厳しい状況の一端を、テムはきっぱりと言葉にした。
王帝陛下がそういうことを全部知ってるとは思わないけれど、でも南の地に戻りたいという気持ちの出どころはこれ、なんだろうな。
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