133.一方その頃、彼女たちのお茶会

 セオドラ・ブラッドは、その日もワゴンを押すメイドを従えてブラッド公爵邸の離れを訪れていた。

 客間として使われている一室の扉をノックし、番をしている兵士に扉を開けてもらって入室する。


「王帝陛下、メーちゃん、こんにちはー」


「きゅう」


「セオドラか。よく来たな」


 それを迎える声は、室内に備えられたソファの上から発せられた。深く腰を下ろしているベンドル王帝クジョーリカと、彼女の使役魔獣メティーオである。

 なお、メティーオの目がきらきらしているのでセオドラの来訪は歓迎されているのであろう。クジョーリカの表情も、かなり明るいものであることだし。


「まあ、一応監視も兼ねていますし」


「その割には、緊張も何もあったものではないが」


「王帝陛下もメーちゃんも、良い方々だと私は知っていますから。それと、敵意があれば神獣様の結界が防いでくださいますし」


 にこにこと会話を交わす彼女たちをよそに、メイドは自分が押してきたワゴンに載せたものをテキパキと準備する。お茶と茶菓子、本日は南の貴族から送られたスパイシーなお茶とさっぱりしたサブレのようだ。


「あ、こちらのお菓子どうぞ。メーちゃんにはこっちを」


「いつも済まぬな」


「きゅあ!」


 猫ほどのサイズに収まっているメティーオの前には、軟らかい加工のされた干し肉の山が差し出された。喜びの声を上げ一切れくわえた魔獣をよそに、少女たちの会話は続く。


「義兄殿や神獣様は出陣されたのだな」


「はい。ま、のんきにやってるのではないですかね」


「数はともかく、練度や士気は高いようであるからな」


 ベンドル侵攻部隊に参加している義兄サファードや、神獣システム及びそのマスターであるキャスバートを始めとしたバート村の者たちの顔を、二人は思い浮かべている。


「ベンドルの兵士は、この前見た限りでは数と魔獣にまかせているところがあるようだ。神獣様とキャスバートの守りの力や魔術師をうまく使えば、さほどの強敵ではなかろうな」


「ご自身のお国の軍について、辛辣ですね」


「……軍の運営や作戦などは、全てシオンに任せきりであったからな……妾はあまり、詳しくは知らなんだのだ」


「はあ、なるほど」


 クジョーリカの言葉に、茶を一口飲んでからセオドラは頷いた。

 つまり、先日自身が出撃してきたときに初めて、彼女はベンドル軍の現実を見たということになる。

 ベンドル王帝国という国の頂点に立つ存在が軍を直接指揮することがない、という事実はセオドラにはいまいち理解しがたいものではあるが、自分とさほど年の変わらぬ少女ということであれば納得はできる。その場合、軍に詳しい大人が名代を務めるものだからだ。

 それが、クジョーリカにとっては大宰相シオン・タキードだったのだろう。今彼女は、その庇護がない場所にいる。


「まあ、資源に乏しい我が国だ。どうしても、魔獣に頼らざるを得ないというのは理解ができる」


「鉱物の採掘とか、できそうにないですか」


「雪が多く積もるし、そもそも土が固く凍っているところが多くてな」


「……それは無理ですね」


 ブラッド公爵の領地は、ゴルドーリア王国の中では最北部に位置する。故に、冬になれば地面が凍り土を掘り起こすことができなくなる、という状況はセオドラにも理解できた。公爵領よりも寒いベンドルの地であれば、それはほぼ一年中の環境なのであろう。

 動植物も鉱物も乏しい、寒い寒い山の中でいくつもの世代を重ねてきたベンドルの民を治める血筋。その末裔の少女は、自分は何も知らないと頭を振った。


「都の、ほんの一部のことしか知らぬ。その外は全て、シオンが指揮を執っている」


「………………それ、王帝陛下はいればいいだけの存在、ってことですか」


「そうかも知れぬな。どうせ、ろくな力もない小娘だ」


 セオドラの不満げな声に、クジョーリカは小さく頷いた。剣を振る力も、魔術を操る才能も、おそらく自分にはないと彼女は考えているのだろう。

 だが。


「きゅいあ!」


 干し肉の山を半分ほどにまで減らし、魔獣が声を上げた。猫や犬であれば前足で飼い主の膝を叩いたりするところであろうが、メティーオは鋭い爪のあるそれを使うことはせずに自分の額をぐりぐりとクジョーリカの腹に押し付ける。


「多分、メーちゃんが不満を表明しておりますね」


「そうだな。妾にはメティーオがおった」


 自己主張をしてみせた魔獣の名前をそれぞれに呼んで、二人の少女はその背中をなでてやる。ぱたり、と背の翼を軽く羽ばたかせたメティーオが目を細め、クジョーリカに寄り添うように座った。


「しかし、ゴルドーリアの者共にすべてを任せるというのはなんとも歯がゆいのう……」


「メーちゃんが神魔獣になってしまったら、洒落になりませんから」


「そうだな」


 自身の国の行く末を、自分ではなく他国の者に任せる。その決断を指示した一人であるクジョーリカは、原因であるメティーオの背を撫で続けながらひとつ、息をついた。

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