135.推測

 国境を越えてから、既に五日ほどになる。

 最初の戦以降、敵はほとんど出てこなくなった。どのくらいかと言うと、気配を感じたファンランがいそいそと出ていって小一時間後には最高でも五人ほどを縛って帰ってくる、のが三回ほどしかなかったわけで。


「……どうも、気に食わないでござるね」


 その三回目がついさっきだったのだが、縛った五人を尋問担当の兵士に渡して、一服とばかりにお茶を飲んでいるファンランからそんな言葉が出た。

 なお、少し高い山を越えたところだったので部隊は休憩中である。北の地で少し高い、イコール寒いし滑るし歩きにくいしで体力使うからね。敵も獣も出なかったけど、念のため。


「君もそう思いますか。ファンラン」


「サファード様もでござるか。さすがでござる」


 一緒にお茶を飲んでいる……というか「飲みませんかー」とにこにこ笑顔でお茶セット持ってきたサファード様も、どうやらファンランと同意見であるらしい。

 いやまあ、理由ははっきりしてないんだけど俺も何かもやもやするんだよねえ。二人の話を聞けば、理由わかるかな。


「最初の一戦以降、敵のやる気があまり見られなくなってきました。もちろん、あちらの食糧事情や動員数など、他にも理由は考えられるのですが」


「そうでござる。此度捕らえた五名も、あくまでも情報収集が主たる任務でありこちらに捕縛されたらそれはそれ、といった感じでござった」


「何、そんなに抵抗薄かったのか?」


「そうでござるよ。ひょっとしたら、こちらの捕虜になったほうが良い扱いを受けるなどという噂でも流れているのではないのでござるかね?」


 何だそりゃ。というか、喜んで捕まったってことか……まあ、芸術的な縛られ方はともかくとして。

 でも、そんな感じで抵抗が薄いんだよね。それは、俺も分かる。後続の部隊には、ほとんど敵襲はないらしいし……まあ、ファンランが縛ってきたのと似たような感じで斥候が捕まってるかも知れないが。

 ……あー、もしかして、大宰相のやつ。


「……こちらを、国の奥まで誘い込もうとしている、ってことですか」


 自分側の部隊を消耗させずに、敵である俺たちを自分たちの懐に誘い込む。コチラとしても目的は帝都にいる大宰相シオンだから、いそいそと進んでいく。

 つまりシオンの狙いはその途中か、もしかしたら帝都で待ち受けていてこちらを潰すこと、と言った感じかな。


「キャスバートくんは頭の回転が早くて助かります。ええ、僕はそう考えているんですよ。ファンラン、君もですね?」


「そうでござる」


 とりあえず、サファード様やファンランにとっては俺の答えは正解だったようで、お互い楽しそうに笑顔で頷き合いながらお茶のおかわりを入れていた。なお茶菓子はなくて、グリズリージャーキーが皿に盛られている。酒じゃねえ。


「大宰相シオンが、王帝陛下とメティーオの能力……そして神魔獣の復活を以て現状からの挽回を図っているのであれば、帝都にて何がしかの企みを進めている、と自分は考えているでござる」


「まあ、たしかになあ」


 ファンランの推測に、今度は俺のほうが大きく頷いた。

 そうなんだよねえ、王帝陛下とメティーオ。彼女たちがシオンの手から離れている現在、大宰相シオンは何らかの手段でそれを取り返すか別のやり方を考えているか、どちらかだ。

 まあ、ブラッド公爵邸がちょっと手薄にはなってるから、そちらもサファード様としては心配だろう。結界張ってきたけど。


「ただ、王帝陛下もメティーオも今は公爵邸ですし。テムの結界、ちゃんと魔力補充さえ出来ていれば問題はないはずなんですけど」


「コーズにまかせてありますから、大丈夫なはずです。イレギュラーさえなければ」


 いやほんとそれな。予定外のことが起きる可能性は常に考えておかなきゃいけないし……ちゃんと部隊は残してあるし、リコリス様も気にかけてくださってるし大丈夫だよな?

 と、ふとサファード様が周囲を見渡した。一応野ざらしの状態で休憩中だから、周辺にはブラッド公爵軍の兵士の皆さんがのんびりしている。もちろん、警戒は怠ってないのが分かるけど。


「そう言えば、神獣様は?」


 あ、そう言えば言ってなかったっけ。いそいそと行っちゃったからなあ、あいつら。


「シノーペと猫二匹エークとビクトール連れて、部隊の慰問中です。たぶん今、一番防御力が高いのはシノーペだと思いますよ」


「おやおや。また和やかな慰問団ですねえ……戦闘力は別として」


 そんなわけで素直に白状すると、サファード様の表情がほにゃんとほころんだ。ああ、どういう状況か脳内で絵にしたでしょう、サファード様。大体合ってると思いますけど。

 あと戦闘力、確かにめっちゃ高いよな。王都守護魔術師団でもトップクラスの魔術師と神獣、それに魔獣二頭だし。……ビクトールを頭数に入れていいのかどうかは、まあ考えない。シノーペの使役魔獣だしな。

 ……というか、そのビクトールが慰問団結成の理由の一つだけどな。


「ビクトールの加入が他の部隊にも知れまして、戦場に憩いを求める兵士が多数いたようなんです。それにテムは神獣ですから、部隊の士気を上げるのにも良いだろうということで」


「なるほど。では、神獣様は獅子のお姿で」


「はい。他の猫は猫ですけど」


「ぬう、もう少し早く帰ってくるべきだったでござる!」


 ファンラン、力を入れるところはそこじゃない。気持ちは、それはもう分かるけど。可愛かったからな、特に子猫なビクトール。

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