127.決起集会

「これよりそなたらには、ブラッド公爵家始まって以来となるであろう大掛かりな戦の先陣を切ってもらう」


 ブラッド公爵配下の軍隊が、公爵邸前の広場に並んでいる。屋敷のバルコニーから凛とした声を張り上げるのは、既に大きな腹を抱えたメルランディア様だ。立つのも大変だから、椅子に座ってだけどね。


「身重故出ること叶わぬ私の代わりに、夫サファードが指揮を執る。そして『ランディスブランド』の誇り、神獣様の信頼を勝ち得た魔術師キャスバート・ランディスもそなたらに同行する」


 うんまあ、メルランディア様の後ろに控えているサファード様が指揮官なのは、当たり前のことだから問題はないよ。身重でなければ多分、メルランディア様が私に付いてこいとか叫ぶのは目に見えてるし。

 それで、何で俺も一緒にバルコニーに呼ばれたのかと思ったら、これかよ。ちなみに横には、おすまし顔の獅子テムもいたりする。

 ……戦意高揚に利用されるのはま、この場合仕方がないよな。他国への侵攻なんて、ほんと珍しい話だし。


「敵はベンドル王帝国。ただし国そのものではなく、長きにわたり寒さと苦しみに耐えてきた民を欺こうと図る大宰相シオン・タキードである」


 メルランディア様、敵についてもぶっちゃけた。そりゃ、ベンドル全部を相手にするのと目的だけ狙っていくのとじゃ、こうやる気とかやり方とかも違うしな。

 ベンドルを滅亡させる気ならそれこそ、魔術師大量に送り込んで大規模魔術を叩き込めばいい……魔獣部隊で反撃はされそうだけど、俺やテムが結界を展開すれば被害は最小限か。……そういう戦に、力を貸したくはないなあ。

 でも、目的がシオンを倒すことなら途中の戦をキャンセルできるように進む、って手もある。結界の使い方を、砦や基地の封鎖に使えば多分。建物の中にいてもらえれば、しばらくはちゃんと生きていられるだろうしな。


「此度の戦には、ゴルドーリア国王ワノガオス陛下も出陣される。国王陛下の御前で、功をあげよ」


 そして、メルランディア様のそのお言葉にわっと部隊の気分が盛り上がった。いや、先に俺も聞いていたけどね。


『反撃とはいえ、他国への侵攻だからな。陛下自ら戦場に出なくてはならぬ、そうおっしゃっておられたそうだ』


 このときのメルランディア様のお顔、微妙に嫌がってる感じだったんだよね。国王陛下に出てきてほしくないって思ったのかと思えば、さにあらず。


『この戦が終わった後、陛下は退位されるそうです。後継者にはメルを指名してきましてね』


 くすくす笑って秘密ですよ、と言いながらサファード様が教えてくれた。あーあーあー、そういうことかと納得したよ。

 公爵領ひとつならいざしらず、国をまるごと一個統治なんてめんどくさいよな、うんうん。

 ……王帝陛下は、そういうのはほとんどシオンに任せていたらしい。というか、シオンが何もさせてくれなかった、というのが正解か。

 今もこのお屋敷の離れにおられる王帝陛下、多分今のメルランディア様の演説聞いてると思うんだけどどういう気分なんだろうな?

 このまま俺も出ることになるから、感想を聞きに行けないのが残念だ。


「さて、我の出番であるな」


 テムがのそり、と踏み出した。軽くぶるりと身体を震わせ、全身から光の粉を溢れ出させる。神獣ならではの光景に、部隊の人たちが目を見張ったのがよく見えた。


「我こそはかつてゴルドーリアの『神なる水』を守りし神の使い、システムである。我はキャスバート・ランディスの清い心に従い、今この場にいる」


 ばさりと翼を広げ、テムは名乗ってみせた。……別に俺の名前、出さなくてもよくないか? 特に清い心でもないし、つーか王都でクビになったから田舎に帰ってきただけだぞ。

 その結果、何でか故郷の村の村長さんになっちゃったけどさ。シノーペやファンランがついてきてくれて、とっても助かっている。

 もちろん、テムも。


「我はそなたらに守りを授ける。だが、これは完全なものではない。愚かな先走りや姑息な戦により、犠牲者は多く出る。それが戦だからだ」


 そうしてテムは、とうとうと語る。うん、結界魔術で完全にこちらの損害をなくせればいいんだけど、そういうわけにはいかない。

 悪意のない攻撃だって、やろうと思えばやれる。

 相手に強力な魔術師がいれば、結界に孔を開けることだって不可能じゃない。

 だからテムは、まず最初に言い聞かせているんだ。自分たちに頼っていても、怪我をしたり死んだりする可能性が消えるわけではないって。


「犠牲者を減らす方法は、そなたらの働きにかかっておる。情報を集め、周囲を警戒せよ。その上で我が魔力の守りを受け、戦え。それがそなたらの長たるブラッド公爵家に、ゴルドーリア王国に、報いるための戦い方だ」


 よいな。


 人より上に存在する、神獣の言葉が響き渡る。その残滓が消えるより先に、広場は兵士たちの威勢のいい声で満たされた。


『おおおおおおおおおお!』


「お任せくださいませ、神獣様!」


「ブラッド公爵家の名を、さらに高めてみせましょう!」


 ……そうだな。

 俺も、せっかく高く評価してもらえてるんだ。せいぜい頑張って、この人たちを一人でも多く連れ戻らないとな。

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