128.線引き

「……何かすごい扱いだな、これ」


 お留守番になるセオドラ様が「乗っていきなさい。これは命令です」とばかりに持ってきた馬車は、公爵家で使われているものだった。

 サファード様が出陣するときに使うものと同じタイプで、わりと大きめ。椅子のクッションはしっかりしてるし、作りは頑丈でいざというときはこれごと敵に突進、なんてこともやれるらしい。何でもご先祖が敵の小隊長を殺ったとか。誤字ではなく。


「『ランディスブランド』の誉れにはふさわしい扱いである、と我は思うぞ」


 絨毯を敷かれた床でごろんとしてるテムが、そんなことを言ってくる。さすがに獅子の姿では狭いので、猫モードなんだけどね。

 つーか『ランディスブランド』の誉れってさ……テムの世話役でもある特務魔術師はみんな『ランディスブランド』なんだから、誉れも何もないっての。


「そう言われてもなあ……テムと仲良くなれたくらいだろ」


「ランディスさん、そこが一番貴重なんだと思うんですが」


「そうでござる。ランディス殿がテム殿と仲睦まじく過ごしておられる、そこが最重要ポイントでござるよ」


「にゃー」


 広い馬車をあてがってもらえた理由、というか。

 一応重要人物ではあるので、護衛としてシノーペとファンランが一緒にいる。猫モードのエークがシノーペの膝の上で、すっかり猫のふりをしまくっているのがなんだかなあ。


「……何でエークはずっと猫なんだ?」


「護衛には最適ですから。エークちゃん、あまり大きくなりませんからねえ」


「テム殿は大きくなれることがバレているでござる。しかし、エークであればランディス殿のそばにいても護衛だとわからないでござるね」


 あ、そういうこと。

 テムは皆の前で演説するのに獅子の姿になっているから、まあしばらく観察してればこの白猫とイコールであることがそのうちバレる。もしどこかに間諜がいれば、もう一発だよな。

 でも、エークはほとんど猫の姿で過ごしている。虎になったの、戦闘時に数回くらいじゃないかな。なので、バレる可能性は低いと読まれたようだ。


「まあ、そのサイズなら目立たぬしのう。エークリールよ、しっかり役目を果たすのだぞ」


「にゃん!」


 テムの言葉にエークは、あくまでも自分は猫であるというように猫の声で答えた。……虎になっても猫の声が交じるの、大丈夫かな?




「ここが、ゴルドーリア王国とベンドル王帝国の境です。もっとも環境の関係で、ドヴェン辺境伯領よりは緩やかですが」


 しばらく行ったところで部隊が止まり、サファード様がそう説明してくれた。

 環境の関係……あーうん、でっかい森だからねえ。こちらの一存で勝手に北に広がったゴルドーリア領は、その森をまるっと含んでいる。

 ノースボアやノースグリズリーのような大型獣が生息しており、木材の切り出しくらいにしか使われないところなのでこれまではどちらの領土だとはっきりさせてなかった部分がある。それをちょっと前に、うちの領地だとこっちが宣言したわけだ。

 ついでに、その向こうにある山地までうちのだと言ったそうで……領土が広がったのは事実として、どないすんねんとセオドラ様がクッションに八つ当たりしてたっけ。北の山って、田畑にはできないし材木切り出しっつったって危ないしなあ。せいぜい、猟師が頑張るくらいしかないわけで。


「僕たちが進む道は、かなり狭いです。ですので、両側に敵が潜んでいる可能性は常に心に留めておいてください」


「そうですね。一応、全体に防御の魔術かけておきます」


「それぞれの部隊に魔術師がいますから、うっすらとで構いませんよ。彼らにはキャスバートくんの魔術に頼るなと言ってありますから」


 サファード様、このあたりはきっちりしてくれていて助かる。

 そりゃまあ、俺とテムが全力出せばこの部隊全体を守るくらいはできるけど……できれば、魔力は温存していきたいからな。

 王帝陛下とメティーオが協力してくれて、ベンドル国内の地図はだいぶしっかりしたものができている。それを見た限り、帝都まではそういう狭い道が続く。つまり、ずーっとずーっと魔術をかけっぱなしってことになるんだよね。

 俺たちの目的は帝都にたどり着くことじゃなくて、そこにいる大宰相シオンをぶっ倒すことだ。その前に魔力不足なんてことになったら、仮にも『ランディスブランド』の誇りとか誉れとか言われてる身としては恥ずかしいことこの上ない。

 それに、期待された力を発揮することもできなくなってしまう。


「キャスバートくんには、帝都で頑張ってもらわなければなりませんから」


 サファード様も、そういう方向性で考えているようだ。だから「わかりました」と答えて、『うっすらと』防御魔術をかけることにする。


「防御魔術、タイプ全般。薄めに」


「薄くないです」


 俺としてはほんの少し、防御力を上げるつもりで広げた魔術に対し速攻でシノーペからツッコミが入った。マジか。


「多分ランディスさん、防御の基準が結界になってると思うんです。防御『魔術』としては、通常レベルですよ?」


「……あ、ああ、そういうことか」


 シノーペの指摘には、さすがに納得する。そうなんだよな……攻撃やらなにやらを跳ね返す結界が、俺の中では防御の基準なんだ。というか、テムという存在が身近にいるからな。

 それに比べれば、防御魔術は基本的にそれぞれの防御力を上げるもので、完全に防ぐものではない。なので、薄いという感覚になるわけか。


「ふむ。さすがに我ばかり基準にしておるのはいかんぞ、マスターよ。あと、シノーペとアシュディも基準としては高いぞ」


「え、マジですか」


 テムにまでツッコミを入れられてしまった。……いや、そうなのかな?

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