125.きっちり修正

 ベンドル王帝国領内への侵攻を目論むゴルドーリア王国にとって、問題はいくつかある。その一つは『ベンドル領内の地形や建造物などの詳細がはっきりしていない』というものだったのだけれど。


「うむ。妾とメティーオなれば、多少の補完はできるぞ」


 ……と、王帝陛下が快く名乗り出てくれた。いやマジか。

 あと、メティーオは空飛べる魔獣だからいいとして、王帝陛下は……何というか、お外に疎い感じだし。

 で、一応頼んでみると、だ。


「きゅあ、しゃしゃ」


「ふむ。この山とこの山の間に平地があるのだな」


「そこに確か砦があったぞ。シオンが言うておった」


 とりあえず一枚の地図に、二人の言葉通り書き込んでいく。当然というか、メティーオの言葉はテムに通訳してもらってるけど。

 もちろん、全面的に信用するわけにはいかないと言うかいつの知識か分からないから災害とかでまた地形が変わってる可能性があるというか、だけど参考にはできる、と思うんだ。


「……あのう、王帝陛下、メティーオ」


「何じゃ?」


「きゅい?」


 といってもさ、何で王帝陛下が全面協力してくれるのか俺には分からない。だから、尋ねてみるしかない。


「こちらとしては助かるんですけれど、自国の内部のことをあっさり漏らすのってやばくないですか? それも、こちらがそちらの国に侵攻するための地図なわけで」


「そもそも、協力を持ちかけてきたのはそなたらの方ではないか」


「いや、そうなんですが」


 それを言われると、なあ。

 ただ、ベンドル国内の詳しい地図が欲しくて、ベンドルの人たちがいるランドに来たのはいいんだけど……兵士の人たち、あんまり詳しくなかったんだ。どうやら、自分の生活してる周辺だけに気を取られてるらしくて。

 それで、王帝陛下とメティーオにダメ元で頼んでみたらオーケーが出たという次第なんだけど、さ。


「……妾、公爵の許しを得て我が国の民の様子をこっそり覗いたのじゃ」


 しばらく間があって、ぽつんと王帝陛下が言葉を紡いだ。


「え?」


「ふむ。捕虜の者共、であるな」


「そうじゃ」


 テムの補完でああ、なるほどと納得した。ランドの街には降伏したベンドル兵たちを収容している場所があるから、そこを見せてもらったわけか。

 こっそり覗いたっていうのは、他の人たちにあまり顔を見られたくなかったのかも。ベンドル最高位の存在だし、顔を知らない人もいるかも知れないけどね。


「皆、生き生きとしておった。明るく食を取り、身体を動かし……寒い、と身体を縮こませて休む者などおらなんだ」


 そこを見た王帝陛下の感想に、俺の目は思いっきり丸くなっていたと思う。テムも、同じ顔をしていたから、多分。


「妾ですら、幼い頃は夜の寒さに毛布をたくさんかぶったこともある。固い干し肉、貧弱な草を腹に放り込んだこともある」


「王帝陛下なのに、その後継者だったのに、ですか」


「そうだ」


 国のトップに立つ者ですらひもじい思いをすることもある、ベンドルという国。それを自分で感じたことがあるから、こちらで収容生活を送っている兵士たちの顔が明るい、という感想がちゃんとした意味を持つのかもしれない。


「我らが南の地に戻ることを願ったのは、そのような生活をする民を救いたかったからだ」


「はい」


「戦をしてそなたらを支配せねばそれは叶わぬ、とシオンは言うた。だが、そうでなくとも叶うことを妾は知った」


「はい」


「なれば、戦で消える命を少しでも少なくせねばならぬ。王として、帝として妾がやらねばならぬことだ」


「……はい」


「どうやら、シオンの意見を聞き入れるよりそなたらと言葉をかわしたほうが、妾の願いを叶えるに近道だと思ったまでのこと」


「うむ」


 案外、ベンドルでの王帝陛下に対する教育ってちゃんとしてたのかもしれないな。こうやって、しっかり民のことを考えられる陛下になったんだから。

 だから俺も、そしてテムも大きく頷いた。特にテムは、王帝陛下のことを気に入ったみたいだし。


「良い長に育ったようだな、クジョーリカよ」


「ふにゃっ!?」


 ……あー、だからって獅子テムがおでこぐりぐりしたのにその可愛い悲鳴は何ですか王帝陛下。いやまあ、身分放り出したら俺とそんなに変わらない年齢の可愛い女の子ですけども。


「きゅあ!? きゅいいいいい」


「め、メティーオまでっ」


 そして、テムに対抗したのかメティーオも膝乗りサイズなのに、同じようにおでこぐりぐりし始めた。王帝陛下に。

 ……今ここにリコリス様やジェンダさんいなくてよかったなあ、とどこか他人事のように思う。あの二人がいたら、絶対テンション上がりまくって偉いことになるからなあ。

 それにしても。


「テム、メティーオ、そこで張り合うなよ……」


「しかし、こうすれば人は喜ぶとリコリスが」


「きゅあ!」


「やっぱりそこか!」


 いえリコリス様、動物嫌いじゃなければ確実に喜ぶ仕草ではありますが。というかもふってるときに教え込んだな、二人して。

 それからメティーオ、お前さんもこくこく頷いているがそっちにも教えたか。すごいな、ドヴェン辺境伯家。


「……あー、と、とにかく感謝してます。王帝陛下……陛下の思いが少しでも報われるよう、がんばります」


「う、うむ。頼むぞ、キャスバート・ランディス」


 二頭から額を押し付けられているせいか、王帝陛下の頬はひどく赤かった。うん、別に俺のせいじゃないよな?

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