124.どうにか地図

 正式な命令は後ほど出るので、それまでの予習として大雑把な予定を教えてもらうことにした。

 「もちろん、持ってきたわよお」とばかりにアシュディさんが広げた地図は、ゴルドーリア王国北端からベンドル国内までのものだった。地形に関しては、魔獣使いが空から偵察した記録が長年に渡って存在するのでそれを積み上げた結果、である。


「多分ね、帝都はこのあたり。ランドでおとなしくしてるベンドルの子たちに聞いてみたけれど、皆もあまり詳しいことは知らないみたい」


 そう言ってアシュディさんが指差したのは、山と山の間にある小さな小さな平地。すぐ横が深い谷で、そこを川が流れている。

 そんなところまで、かつてのベンドルの民は必死で逃げ込んだんだ。いつか、暖かくて水が豊かな地に帰る日を夢見ながら。


「……これでは、如何に多くの部隊を率いたとて一度に戦える数が限られる、でござるな」


「防衛には最適よねえ。それに、魔獣使いが多いってのも納得するわ」


「山や谷であれば、我らのような獣のほうが動きやすいからな」


 なるほどなあ。俺はこういうのって詳しくないから、ざっと説明してもらえると助かる。

 ……つまり、テムに同行を頼むってのはそういうことか。結界の能力と、行軍能力。

 これはほんと、エークにも来てもらったほうがいいに決まってるな。斥候とかやってもらうには最適だ。シノーペにはそちらに乗ってもらって、ファンランは……あーまー適当に縛ってもらおう。多分、それが一番だ。

 で、少数精鋭でコソコソ行くんだと思っていたんだけど、アシュディさんはこう続けてくれた。


「護衛としてマイちゃんが部隊持ってきてくれるから、一緒に行ってちょうだい。彼なら、キャスくんやテム様の指示に対応できるでしょ」


「マイガスさんがわざわざ?」


「不慣れな部隊を当てるよりは、よっぽど生還率が高いでしょ?」


 あ、そうかなるほど。

 マイガスさんが持ってくる部隊、つまりは近衛騎士団である。ぶっちゃけ、国軍よりは彼らのほうが俺もテムも馴染みがあるんだよね。

 その答えに、ファンランも納得したようだ。深く頷いて、テムと視線を合わせる。


「まあ、それは確かにそうでござるな。特にテム殿は神獣でござる故、慣れぬ相手は地雷を踏み抜きかねないでござる」


「我はマスターに従うだけだが、愚か者はその場に捨て置くやもしれぬなあ?」


「あーうん、内容にもよるけどひどいやつは知らんぷりするかも」


 マイガスさんや近衛騎士の人たちなら、まずテムに対してひどい言動はしない。……いやまあ、軽口叩いた相手を数十分ほど結界に閉じ込めたり吠えて吹き飛ばしたり、実力見せつけてるからだけど。それも、俺が特務魔術師になって割とすぐだったよな。

 近衛騎士の皆はすぐに謝って、その後は誠心誠意テムを敬ってくれた。だから今、テムは平気な顔をしてくれている。

 そうでない人たちは……まあ、放っておいても仕方ない、と思うんだよな、俺は。テムは神獣で、俺たちより高いところにいるんだから。


「神獣様を操れる獣だと思い込んでいるお馬鹿さんとか、人の中での地位が神獣様にも通用するものだと思っているお馬鹿さんとか」


「長い年月、時々そういう輩がおったな。一度、『ランディスブランド』を娶るから自分の使役獣になれなどと抜かしてきた王族がおったが」


 アシュディさんの挙げるお馬鹿さんの例を聞いていて、多分実例はあの辺だよなーと思う。あの人たち、今頃どうしてるんだろ?

 ただ、その後にテムがぶちまけた実例に俺が「うわあ」と声を上げたのは悪くないよな? いや、それでテムが受け入れると思ったのか、その王族の人。思ったからやったんだろうけど!


「ちなみに、ブラッド家の先祖にぶん殴られた上子を成せぬようにされて王族から排斥された。当然、子孫などはおらぬ」


「さすがでござるな」


 というか、分かりやすい顛末だな、おい。多分、その前にテムが噛むなりひっかくなり蹴飛ばすなりしたんだろうけどさ。

 でもまあ、ブラッド公爵家のご先祖様が制裁したのなら納得だ。だってさ、子孫見たらさ。


「……メルランディア様やサファード様でも間違いなくやりますね、それ」


「自分であれば、縛り上げて適当に日干しするでござる」


「アタシでもやっちゃうわねえ。ぶちっと」


 ファンラン、日干しにしてたらそのうち死ぬぞ。まあその前に回収して水飲ませてまた明日、とかやりそうだけど。

 それからアシュディさん、『ぶちっと』と言いながら何かを握る形にした手をくるん、とドアノブ回すようにひねるのって。


「……どこを」


「さあ?」


 にやにや笑いながらごまかさないでください、だいたい想像つくから。あと、素手でやれるんですか、それ。

 やれそうだけど、と自分の中で答えを出したところで、俺はアシュディさんに向き直った。


「ともかく。俺たちは北の寒い山の中を通る、その準備をすればいいんですね」


「そういうことね。テム様、ごめんなさいねえ? 人の都合にテム様と、そしてキャスくんを巻き込んでしまって」


「構わぬよ。放っておけばまたいずれ、こちらに火の粉をふりかけてくる輩だ」


 巻き込まれたテムはにい、と牙を見せて笑う。ああ、こういうところは神様の使いたる獣だ。

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