123.ちゃんと内示
「おっ久ー、キャスくうん!」
がし、とアシュディさんの筋骨隆々なボディにハグされたのは、リコリス様とサンドラ亭の肉を味わった三日ほど後だった。うおう苦しい。
「だあ! お、お久しぶりですアシュディさん!」
慌てて腕をタップして離してもらう。いやもー、アシュディさんが来たってんで、応接室にシノーペやファンランにも同席してもらってるってのに。いきなりこれはどうよ、王都守護魔術師団長?
「テム様、エークちゃん、お久しぶりです。すっかり毛艶、良くなっちゃってまあ」
「うむ。皆しっかり手入れしてくれるからな、我としてもありがたい」
「うにゃあお」
例によってソファの上でぐにゃりとたれている神獣様と下僕の魔獣。アシュディさんの指摘どおり、二頭ともつやつやつるつるふわふわである。リコリス様やジェンダさんが連絡に来たときもひとしきりもふって手入れして帰るから、余計にきれいになるんだよな。
「シノーペちゃん、ファンランちゃんもお元気そうで何よりねえ」
「はい! 団長もまたお肌の艶がパワーアップしてて!」
「たっぷり縛れたので、自分は絶好調でござるよ」
いつものようなご挨拶に、いつものような返事。あーもー、そういうもんだよなあと思っていたらアシュディさんは、ファンランの言葉に何やら引っかかったらしい。
「……つまり、縛るような相手がいたってことよねえ。ご苦労さま」
「団長こそ、任務ご苦労さまでござる」
ああ、ファンランは敵しか縛らないもんなあ。つまり敵襲がありました、とファンランはしれっと言っていたわけか。
縛るような相手ってあれか、王帝陛下とかか。確かに大量だったな、あのときは。
……あの時捕虜にしたベンドル軍兵士、半分くらいはぼつぼつ事情聴取に応じているらしい。あと半分は、国に忠誠を誓っているから喋らない云々。まあ、そういう人もいるよな。こちらでも、ブラッド公爵ご夫妻とかそんな感じだろうしさ。
さて、本題に戻る。
「ところで、アシュディさんはどうしてこちらに?」
「…………あー、多分その縛った相手の元締関係ね」
「ベンドルでござるか」
あ、やっぱり。そろそろ出撃命令とかそういうのが来たんだろうな、うん。
アシュディさんが来たのは、うちの領主が王位継承権持ちの公爵家というのとあと、俺だろうな。元特務魔術師、アシュディさんと仲がいいのは国王陛下もよくご存知だし。
「やっぱり。よっぽど縛りがいあったんでしょ? 王帝陛下」
「少々細身でござったが、なかなか」
「あらま。北のお国だと、栄養とるのも大変だってことかしら」
「そのようでござるよ。現在は公爵邸の客人扱いでござる故、少しずつ肉がついてきているそうでござるが」
……あー、何の話してるんだあんたら。王帝陛下に肉つけて、まあ縛ろうとか何とか考えているんじゃないだろうな……いやいやいや。
「よし論点戻しましょう! ランディスさんもいいですね!」
「お、おねがいしますしのーぺさん」
ここで強引に話をぶった切ったシノーペに、丸投げすることにした。なお獣二頭は神獣が我関せず、魔獣がなにやってるんだあれという態度である。さすが獣。
「さて、アシュディ団長。ベンドルに関して、ということですが」
「ああもう、シノーペちゃん真面目なんだからあ」
「団長とファンランを会話させていると、話が全く進みませんので!」
「それもそうね。ごめんなさいねえ?」
分かってるなら自分からちゃんと話をしてくれ、アシュディさん。わざわざ団長をよこすんだから、大事な話だってことくらいは分かるんだよ。どうせ、先に公爵ご夫妻にお目通り願ってるんだろうしさ。
「内々に話があってね、近々ベンドルに出兵するからキャスくんとテム様に出てほしいんですって。国王陛下直々のお願いよん」
そして、本題はまあ予測できたけれどそれだった。正式な命令はまだだってことで、相手がテムなので先に打診しとくかってことだな。
「我とマスター、だけであるか」
「出てほしいのはそれだけね。一緒に誰かが行くのは問題ないみたいだし、まあシノーペちゃんとファンランちゃんは行くでしょ?」
「もちろんですね」
「もちろんでござるね」
テムの質問に答える形でアシュディさんが呼んだ二人は、同時に大きく頷いた。シノーペは真面目に答えたからいいとしてファンラン、手をわきわき動かすでない。ほどほどに縛っていいから。
「うにゃーお!」
「あらあら。エークちゃんも殺る気なのねえ、ぜひぜひお願いするわ」
そして鳴き声を上げたエークに対し、ばっちんと音がするようなウィンクをしてみせたアシュディさん。……なんとなくだけど、『やるき』の意味が普段使うのと違うような気がするのは気のせいか。
まあ、とりあえずこの部屋にいる全員……アシュディさんはどうかわからないけど、それ以外全員がベンドルに向けて出陣することになるようだ。準備と留守番のお願い、しないとなあ。
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