122.やるべき仕事

「そうでした。お手紙と言えば」


 不意に、リコリス様がぽんと両手を合わせた。


「一応ですね、クリス義兄上にもお手紙は出しているんです」


「クリスあにうえ?」


 クリス、くりす……あー、どこかで聞いたことある名前なんだけどなあ。ええと誰だっけ、と俺が思い出そうとするより先に、ファンランが口を開いた。


「もしかして、国軍のクリストファ・ラッツェン司令官閣下のことでござるかな?」


「ええ。キララ姉上の夫なんです」


「ぶっ」


 国軍司令官閣下、そう言えばクリストファって名前だった。俺はほとんど会うこともなかったし、ちょっと噂が流れてくるくらいだったからなあ……そうか、リコリス様のお姉さんの旦那様だったのか。そりゃ義兄上、だ。

 って、ちょっと待てーい。


「……ゴルドーリアの軍部って、ほぼドヴェン家が掌握してませんか、それ」


「こういうときは、実力とこれまでの戦績が物を言いますわ」


 軽く冷や汗をかきつつ伺ってみると、リコリス様はドヤ顔で大きく頷いてみせた。あーまー確かにそうだけど。

 つか、確かリコリス様ってヨーシャ・ガンドルの元婚約者とか何とかいう話だったな。もしかして元宰相閣下、そっちつながりで軍を自分の支配下におけると考えて、俺を放り出したりしたんだろうか? いや、いくら何でもそこまで……浅はかかな、うん。

 まあ、終わったことは置いておこう。そういえばガンドル一族、今何してんのかね。当主がアレなんだから、少なくとも爵位は落とされてると思うけど。


「確かに、南の方の貴族ってあまり戦で功を上げたところはないでござるね。……ほとんど戦がなかったから、でござるが」


「この国の周辺で、一番面倒な相手がベンドルだっただけの話だな。南で戦が起こらなんだということは、温暖な気候と豊富な物資に任せて戦を仕掛けてくるような馬鹿者どもがおらぬということだ。喜ぶがいい」


「あー」


 ファンランとテムの話で、すごく納得した。要は、ベンドルとの戦争でドヴェン辺境伯家ががっつり戦功を上げたのでその系列が軍人として偉いさんに名を連ねた、というこった。


「それで、ベンドルは北の地に追い込まれたのですね。気候は厳しく、物資も乏しい。いつか観念して、両手を上げて出てくるだろうと思って」


 リコリス様が、二人の会話からそういう結論を引き出してきた。ああそうか、兵糧攻めにして観念しろや、とゴルドーリアや他の国は言いたかったのか。

 ま、それで終わらなかったからこの状況なんだけれど。


「ただ、あれはそれで意固地になってしもうたな。それが高じて、長の後継者を傀儡としてついでに死んでもいいと思う愚か者を育ててしもうた」


 テム、よほど大宰相シオンのこと嫌いなんだなあ。いや、俺も好きなわけがないんだけど。

 というか、王帝陛下を保護できてよかったよな、実際。そうでなければ今頃、メティーオが神魔獣化してブラッド公爵領は戦場になっていた、かもしれないし。

 ……いや、メティーオがいる以上今でもそうなる可能性は否定できないけどさ。


「王帝陛下を否定するわけではないのだけれど、でも大宰相とかいうお方には舞台から去っていただかないといけませんわね」


「縛りがいのある相手でござる。上質の縄を手に入れるでござるよ」


「ま、縛った後どうなるかは国王陛下とか、司令官にお任せすることになるけど」


 リコリス様はともかくとして、ファンランは本当に変わらないなあ。こういうので一本筋が通っているってのはどうかと思うけれど……ま、殺さないで捕まえるのが彼女の得意技ってことだし、いいか。

 何考えてるのかわからない相手の話を聞く、というのもある意味経験だからな。そういう相手の話に飲み込まれないようにしないと、俺自身が危険なわけだけど。


「まあ、我とマスターは戦に出るにしても守りのために、となろう。敵を屠るはリコリス、そなたの父と軍が得意であろ?」


「それはもちろん。先だってのベンドルとの戦でも、多くの耳が証拠として並べられておりました」


 テムの、質問の形をとった確認にリコリス様は大きく頷く。耳、みみ……あー、倒した敵の数調べるのに片方の耳切り取って持っていくんだっけか。小さくて一人あたりの数が決まってるし、形も分かりやすいから水増しができないってことかね。


「ただ、父上はどうしても守りが疎かになることがございます。そのために母上がストッパーとしているのですが、神獣様と『ランディスブランド』の力をお借りできるならもっと多くの兵を守れましょう」


 あー、あるある。敵は倒せば問題ない、のは間違いないんだけど倒す前に攻撃してくるよね、という。

 そこをうまくやっているのがリコリス様のお母上、ドリステリア様なわけだ。多分、彼女がうまく采配をふるいまくっているからこそ、ドヴェン辺境伯の軍は戦に負けない。

 その彼らを、多分俺とテムが守ることになるんだろう。


「そこまで言われたら、頑張るしかないですね」


「任せよ。少なくとも、一人でのこのこ出ていくような者でもなければこの神獣システムが守ってやろう」


 苦笑する俺を見ながら、テムは神獣であるがゆえのとっても上から目線で断言してくれた。

 ああでも、俺の力も理解してのことだろうから……頑張る。

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