120.しっかり準備
王帝陛下を保護してから……まあ二十日かな。そのくらい経った頃、リコリス様がすっごく上機嫌なお顔でバート村においでになった。
「父上からの文をお持ちしました! 厳密に言えば、書いたのは母上ですけど!」
「ははは」
ああうん、ちゃんとお仕事ですよねー。当然のごとくジェンダさんも一緒です。二人して上機嫌なのはまああれだ、テムとエークがいるからだ。
ちなみに今日は両方とも猫モードで、ソファの上でうにゃーんと伸びている。最近、エークも緊張がとけてすっかり普通に猫なんだよな。あと、猫って何であれだけ伸びるんだろうな。
「ところで、何でうちなんですか?」
差し出された手紙を受け取る。『ブラッド公爵領内バート村村長 キャスバート・ランディス殿』、宛名は間違いなく俺だな。
「既に公爵ご夫妻には、別の文をお渡ししております。こちらは、神獣様にお仕えしているということと防壁強化策についてのお礼などが入っているので、と母が」
「ああ、そういうことですか。ありがとうございます、リコリス様」
リコリス様のお答えに、まあそりゃそうだよなと自分の思慮の浅さを恥じるぞ俺は。つか、領主様んところに先行くに決まってるだろうが。俺のところに来たのはその用事があるからで、最優先はメルランディア様とサファード様だ。
そうだそうだ、防壁について前にリコリス様とかとお話したことあるもんな。結界の展開や強化について、リコリス様はご実家に持って帰られたんだ。そっか、あれか。
と、ここでソファから毛玉がふたつムクリと起き上がった。いや失礼、テムとエーク。
「よし、褒美だ。行くぞエークリール」
「にゃおん」
任務の褒美というよりは、自分たちがなでてほしいだけなんじゃないかと思うんだけど。ともかく二頭はてくてくとリコリス様とジェンダさんのところに歩み寄っていく。
一人用のソファに座っておられるリコリス様の膝の上にテムが飛び乗り、その後ろに立っているジェンダさんの足元にエークがすりすり。まあそうなると、このお二人なので当然顔がとろける。
「ふわあああ……いつもお手入れされていてふわふわですね!」
「ふふふ、存分に褒めるがよいぞ」
いやもうほんとに猫だから、テム。撫でられて額ぐりぐりされて喉ごろごろされて、これが神獣様ってのはまあ、俺よく知ってるけど。
「失礼いたします。相変わらずの毛艶、体型も整っておられてさすがです……ほっそりしたしっぽが好きなんです、私」
「ふに? うにゃあおん」
ジェンダさんはエークを抱っこして、指先でふにふにと喉をさすっている。大丈夫か辺境伯令嬢付きメイドさん、とは思うんだけど何かあっても大丈夫そうなんだよなあ。テムもエークもいるわけだし、そもそもジェンダさん自身が強いみたいだし。
「公爵邸ではメティーオにも触らせていただいたのだけれど、皆さすがの毛並みでしたわ」
「おお。あやつも元気そうだな」
リコリス様、先に行った公爵邸でもちゃっかり『ご褒美』頂いていたのかよ、と思ったんだけど。
メティーオは王帝陛下と一緒に離れにいるわけで、つまりわざわざ会いに行ったってことだよね、それ。
「王帝陛下ともお会いになったんですか」
「だってメティーオがいるし、それにベンドルのお話聞きたかったんですもの」
「なるほど。言われてみれば、ベンドル国内の話なんて俺たち知らないですからねえ」
一応伺ってみると、しっかりと答えが返ってきた。いや、うん。たしかにそうだよな。
別の国の話はおろか、ぶっちゃけよその貴族領とか王室直轄領とかでも、どういった生活をしてるのかよく知らないなんてことは山ほどある。
南の暖かい地方だったら冬の暖房ももうちょっと楽だろうし、服装だってもっとさっぱりしてるだろうとか推測はできるけどさ。
ベンドルはもっとずっと北で、寒い山の中で。王帝陛下はあんまり他の人との交流がなかっただろうけれど、それでもどんな生活をしていたかは話してもらえればわかる。
「年もそうそう離れてませんから、内容に問題がなければ王帝陛下との交流は許可されてます。ジェンダが髪を編んであげたりして、結構楽しいですよ」
「へえ……」
内容に問題がなければ、というのはそりゃそうだ。国防とか機密事項なんて、いくらこちらで保護してても他国の方に漏らすものじゃねえし。
……テムのことはもう、向こうは知ってるからいいわけか。
「よもや、敵国に来てから友ができるとは思わなんだだろうなあ。あーそこそこごろごろごろ」
当事者は、リコリス様に喉ごろごろされてすっかりご満悦ですがまあいいか。てか、リコリス様がどういう情報をどこまでご存知か、なんて俺知らないしなあ。ドヴェン辺境伯領にも関わることだろうから、うっかり聞けないし。
……あ、そう言えば。
「そう言えば、王帝陛下はこちらの動きはご存知なのですか? その、こちらから攻め込むとか何とか」
「わたくしがお伝えしたことはございませんが、何となく悟っておられる気がします。というより、ベンドルが攻め込んできたのだから反撃はありだろう、とかおっしゃってました」
「まあ、基本であるな」
「ふに」
あはは、そのくらいは王帝陛下もちゃんとおわかりだ。そりゃまあ、自分の方から殴ってきたんだから、殴り返されて当然だよな。
大宰相シオンも、そんなこと当然考えているはずで。つまり、国内で守りなり反撃の準備を固めていることは想像に難くない。
「さすがに、こうも色々あると王都側でも穏便に、とは言えなくなったみたいですからね。サファード様から正式に、出撃の準備を進めておくようにとの指示が出ています」
なのでまあ、隠しておいても仕方ないしこのくらいはさらっと言っておく。公爵ご夫妻から、そう言ったお話が出ていてもおかしくない状況だからね。
まあ、バート村から出るのは俺とテム、それにシノーペ、ファンラン、エークくらいだけど。村民からも一部、もと軍人さんとかが手を上げてくれているんだけど、どちらかと言えばその人たちには村を守ってほしいかな。
「ええ、実家にもそういった指示が来ております。例によって父上が勝手に出撃しようとして、母上と一の兄上にどつき倒されておりましたが」
リコリス様が肩をすくめて、頷いてくれた。というか辺境伯閣下、やっぱり止められたと言うか何というか。辺境伯夫人がおられなければ、とうの昔に全面戦争に突入済みだね、これは。
ところで、リコリス様のお兄さんってつまり。
「一の兄上って、次期辺境伯ですよね……」
「既に家を継げるほどにはなっておられるのですが、その、父上を隠居させると山賊か傭兵になりかねないので……」
隠居させたら余計に危ないから未だに現役、と。
……何か知らんが大宰相シオン、早いところポカかましてくれないかなあ、とちょっとだけ思った。いや、思っただけだぞ。
実際になってたまるか!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます