119.一方その頃、王都でも会議

 王帝と、彼女に付き従う魔獣。

 大宰相と、彼が復活を企む神魔獣。

 ベンドル王帝国に関する様々な事柄を記した報告書は、ブラッド公爵領より三日の時間をかけて新たなる王都に到着していた。


「ふむ」


 王太子ゼロドラスの失脚後、新たなる後継者の選出に頭を悩ませているゴルドーリア国王ワノガオスはその報告書を受け取り、隅々まで読み込んだ。その上で近衛騎士団長と王都守護魔術師団長に出頭を命じ、彼らにも目を通させる。

 主だった大臣は遷都及び住民の移住に関するあれこれに手を取られており、対ベンドルに関しては彼らがほぼ一任されている状態だ。もちろん、定期的に会合は開かれておりその折に情報の共有はなされているが。


「クリス、読んだな?」


「は、一文字の漏れもなく」


 ただ、国軍の司令官は呼び出しを受けており、二人の団長より先に国王の執務室に入っていた。クリストファ・ラッツェン……ラッツェン侯爵家の次男であり、かのドヴェン辺境伯家より長女キララを妻として迎え入れた美丈夫である。


「此度のベンドルによる我が国への侵攻、黒幕はベンドル王帝国大宰相シオン・タキード。そういうことで良いのですかな?」


「そのようですわね」


 クリス、と国王に呼ばれた大柄な青年の問いを受けたのは、勝るとも劣らぬ体格を持つアシュディ・ランダートであった。彼のみは魔術師であるが、王を除く三名全員が武器を振るう者であると言われてもおかしくはない。


「王帝クジョーリカ・ベンドル十五世の身柄は現在ブラッド公爵領にて保護している、とのことですが」


「派遣している近衛兵からの情報によれば、まだ年端も行かぬ女性と聞きます。先代から仕えていた大宰相が、己の思惑を通そうとしてもおかしくはないでしょうね。その思惑に、若き王帝を巻き込むことも」


 さほど年齢の変わらないマイガス・シーヤと言葉をかわし、クリスは難しい顔になった。

 父親の肉体に母親の理性を僅かに載せた、と噂されるこの男は、その理性が搭載されたがゆえに冷静沈着さと豪胆さを兼ね備えた戦人として王国軍を任されている。だが、敵軍の背後に潜む大宰相の陰謀までは測りかねた。

 そのような謀を読み解くのは母親や副官や、かの魔術師団長の役割であるから。


「漏れ聞く話によれば、かの大宰相もまた王帝家の血筋に連なる者という噂だ。今の王帝が死ねば、その座を手にすることもできよう……ただ」


「過去の栄光はともかく、ベンドルという国は今や北の地にて寒さに耐えるだけの小国です。その玉座を手にして、どうするつもり……ということですね」


 しかし、国王陛下の不安を読み解く程度であれば可能だ。そしてクリスは、その言葉を口にすることで他の者たちとも考えを共有する。


「キャスくん……キャスバート・ランディスからの情報によれば、神獣様に匹敵する能力を持つ神魔獣、とやらを覚醒させる魂胆があるようですけれど」


「つまりは戦力、ということですな。『神なる水』は既にかれておりますが、ベンドル側ではその情報を受け取っておらんのでしょうか?」


 アシュディとマイガスが、それぞれに言葉を紡ぐ。報告書の多くは彼らが見込んでいた元特務魔術師キャスバートの得た情報で構成されており、そこには魔獣メティーオや神魔獣に関する情報についても細かく記載されていた。

 ただし、大宰相シオンの目的については情報不足により不明、とだけ。張本人と会う機会がないのだから、致し方のないことであろうが。


「シオン・タキードの思惑がどこにあるにしろ、我らがすべきことに変わりはありません。そうですね? 陛下」


「そうなるな」


 クリスの、質問の形をとった確認に国王は大きく頷いた。

 敵の思惑がどこにあるか、それを探ることも確かに重要かもしれない。だが、まずやらねばならないのはゴルドーリア王国をその敵から守ること。そのために、この場にいる四人は何をどうすべきか。

 まずは、見た目穏便な策を取る。そう決めたのは、ワノガオス国王であった。


「先だってのベンドル軍侵攻への返礼として、国境を北へ変更する。広がった領域はそのまま、隣接する貴族の領地として組み入れることとする」


「義父が喜びそうですな」


「ブラッド公爵閣下は面倒くさがりそうねえ。今、お腹に赤ちゃんいますし」


 それに答えたのはクリスと、そしてアシュディだった。

 クリスの妻の父、ドヴェン辺境伯は先日、分家であったムッチェ伯爵家当主の代替わりに伴いその後見についた。事実上、辺境伯領の一部として組み込まれたと考えてもいいだろう。

 ただドヴェン家当主ザムスは根っからの戦好きであり、分家とも理由さえあれば一戦交える可能性もあった。そうならなかったのは、ひとえにドリステリア夫人の尽力によるものである。

 しかし、今回は。


「ドヴェン領との国境は谷間ですから、進めるのは楽なはずですね。まずはそちらに、領地を広げていただきましょう。ムッチェ家からも部隊を出せるでしょうし」


「確実に、ベンドルの部隊が攻撃してくる場所ですものねえ。ドヴェン家のご当主、大喜びで暴れそうですわ」


 マイガスとアシュディは、ドヴェン辺境伯家の末娘であるリコリスとは面識がある。その彼女からよく聞かされた父親の人となりを、娘婿であるクリスと重ね合わせて出した答えはそれであった。

 辺境伯家が国境を北にずらせば、大宰相はともかく現地に駐留するベンドル軍は確実に手を出してくる。そうなれば、後は当主ザムスが軍を率い楽しく暴れるであろう、という無謀で物騒な推測。

 ただ、ブラッド公爵領側については同じようにはいかないだろう。そう、意見を述べたのはアシュディである。


「ブラッド公爵領はまあ、神獣様もいらっしゃいますし穏便に領地を広げられるかと。ただ、あちらの国境地帯は山がちですから、実質的にはさほど意味がありませんわね」


「相手を刺激するのが目的だからな。これで動かなければ、領地を広げた二つの家を中心に侵攻軍を編成する。クリス」


「……はっ。編成案を作成しておきます」


 国王の指示に、クリスは即座に頭を下げた。

 その編成に、当然自分も入ることになるだろう、と考えながら。

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