112.一方その頃、小さくなっていた

 ゴルドーリア王国ブラッド公爵領、ランドの街。

 先だっての戦の折に『保護』されたベンドル王帝国王帝クジョーリカは、使役獣メティーオと共に『客人』として迎えられた。現在彼女は、ブラッド公爵邸の離れを客室として与えられてそこで過ごしている。

 なお、ブラッド公爵邸に到着した時点で縄は全てほどかれたため、製作者の少女ががっくりと項垂れていたことを余談として記す。


『あ、一応外に出られぬよう、結界を展開しておるからの? 魔術を試みても良いが、どうなっても知らぬぞ』


 この街まで彼女を連行してきた一行のうちにいた白い有翼獅子がそうしれっと言ってのけたとおり、扉は開くもののそこから廊下へ出ることはかなわない。メティーオにも体当たりをさせてみたが、結果は同様だった。

 もっともこの離れには水回りから厨房からトイレ、風呂に至るまで一通り揃っているため、外に出ずとも生活に困ることはない。食料はないが食事自体は本邸から運ばれてくるため、飢えることもない。


「……暖炉もつけずに、暖かいのう」


 ベッドルームにつながるリビングルーム。そこに備えられたソファに沈み込むように腰を下ろし、クジョーリカはぽつりと呟いた。

 ベンドルの国内では暖房は必須であり、主に暖炉が使われる。魔術で室内を温める術もあるにはあるが、それを利用できるのはごく少数の魔術師のみ。

 国内の森林伐採が広がっている理由の一つは、実にこの生活になくてはならない暖炉に使用される薪なのだ。無論、それ以外に戦に使われるものも多数を占めているのだが。


「メティーオよ」


「しゃ?」


 溢れるように紡がれた名前に、当の魔獣が返答の声を上げる。ただ、その姿は戦の折に現れたものとは少し違っていた。

 具体的に言うと、ほぼ猫と同じサイズに縮んでいるのである。神獣システムや、その下僕たる魔獣エークリールが猫の姿を取るように魔獣メティーオも小さくなることはできたのだ。ただこちらは猫ではなく、四足を持つ鷲の姿になっているのだが。


「そなたが小さくなれるなぞ、妾は知らなんだぞ」


「きゅい」


 主の言葉に、魔獣は大きく頷く。どうやら自分自身、身体のサイズを変えることができるとは思わなかったようだ。


『主に寄り添いたい、と心より願えば小さくなれるぞ。そなた、やったことがないのか』


『うにゃーお?』


 テムとエーク、主やその仲間からそう呼ばれる彼らに言われて念じてみたところ、メティーオは今のこのサイズになることができた。おかげで、主と同じソファにゆっくり座ることができている。


「小さいそなたは、まことに愛らしいのう」


「きゅきゅい」


 クジョーリカに背中を撫でられて、メティーオもまんざらではないように目を細める。本来の姿で彼女を背に乗せるのも悪くはないが、このサイズで構われるのも嬉しいようだ。


「……」


「きゅ?」


「……食事が全て美味だ。味が濃いものもあるが、概ね問題ない」


 既に一度口にした、ゴルドーリアの食事。それに関してクジョーリカは、そのような感想を漏らす。

 希望であれば毒味をする、と申し出たのは、その食事をこの離れに運んできた壮年の男性。コーズと名乗る彼は公爵家当主に仕える筆頭執事であり、ブラッド公爵家は王帝クジョーリカを最大の賓客としてもてなすと伝えてきた。

 ゴルドーリアの地は全てに余裕がある、とクジョーリカは感じている。それは自らの国ベンドルとの比較の結果だが、まず間違いはないだろうと彼女は思う。


「ベンドルの地は北の果て、高い山に囲まれた寂しい国だ。それでも何とか育つ野菜を作り、家畜を育て、『神なる水』の都を取り戻すために国を上げて力をつけてきた」


 帝都を一つの城とし、その中でベンドルの民は細々と生きながらえている。

 それは自分たちを都から……本来の領地から追い出した『愚か者』『反逆者』どものせいであり、自分は王帝としてそれらを殲滅させ、都に戻るのだと幼い頃からクジョーリカは教えられてきた。


「妾は亡くなられた父上の後を継ぎ、長きに渡り伝えられてきた王帝の血を宿すものとしてベンドルの民を暖かな地に戻すために頑張ってきた、つもりだったのだが」


「きゅう……」


 だが、『偽王国』はベンドル軍を撃退してしまった。自らの民と土地を取り戻すために、と勝手に帝都を飛び出したクジョーリカに対し、配下の者どもはさて何をしでかした、か。


「妾を、誰かが裏切っている。『偽王国』の者どもの言葉を鵜呑みにする気はないが、そのはずがないとも言い切れぬ」


 クジョーリカは小さなメティーオを持ち上げ、仰向けの形で自分の膝に乗せた。

 猫の姿を取れるテムやエークとは違い、メティーオの四肢は爪をしまうようにはできていない。そのための策だったのだが、魔獣は抵抗することもなくおとなしくしている。


「国のことも戦のことも、妾はシオンに任せっぱなしであったからのう。父上も頼りにしていた故、妾もそれで良いと思うていたのだったが」


 腹心の部下たるシオン・タキードの名を出した途端……メティーオは背の翼をばさばさっと羽ばたかせた。膝の上から落ちるように主の前に着地した魔獣は、何かを訴えるように声を上げる。


「きゅあ! ぴゅいきゅい!」


「ど、どうしたメティーオ?」


「きゅあう、きゅぴいい!」


「ま、待て。妾はそなたの言葉は分からぬ!」


 とにかく何かを必死に訴えるメティーオに対し、クジョーリカはおろおろとうろたえるだけだ。ここに神獣システムがいるのであれば、もしかしたら魔獣の言葉を理解できるかもしれないが。


「あ、あー! コーズ、であったか! 誰か、おらぬか!」


 ひとまず、彼女にできることは近くにいるであろう、執事の名を呼ぶことだけである。

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