111.怒りのポイント

 ばさり、と翼の音がした。


「ほどよく離れたな。よし」


「ん?」


 テムの足が、ふわりと地面から離れる。そりゃまあ、有翼なんだし空飛べることはよく知ってるけどさ。


「逃げられると思うてか、愚か者共め」


 ただ、その口から漏れた言葉に俺は目を見張った。既にベンドル部隊は、俺たちからかなり距離を離している。いやまあ、俺でも魔術打ち込もうと思ったらできる距離ではあるけれど。


「逃がすつもりなかった?」


「当たり前だ」


 単純な問いに、単純な答え。どうやらテムは、ここで一発大きな花火を打ち上げる気らしい。さっきのような見え魔術じゃなくて、殺傷能力の高いものを。

 というか、テムが怒っている理由はなんとなく分からなくもない。だってさ。


「我がマスターの領地のそばで、しょうもない陰謀を巡らせ己の長を謀殺せんとしたこの大馬鹿者ども! 神の使いとして、怒りをぶつけねば気がすまぬ!」


 バート村近くはともかく、主裏切って殺そうとかする奴は嫌いだよね、テム。裏切り者とかそういうの、嫌いなんだろうなあ……エークはいいのかと思ったけど、元の主があれだからいいのかね。自分が助けてやった、位のことは考えてそうだ。

 ま、それはともかく。何かテムが全力で炎吐きそうなので、こちらは守りに徹することにしよう。


「あー。これまでの結界解除、それから防御結界、タイプ全般」


「重ねがけしまーす」


 俺たちと王帝陛下、それから何とか認識できてるゴルドーリア部隊を大雑把に護るように、結界を張り直す。シノーペが即座に補助してくれたので、だいぶ楽にできた。

 と思ったら。


「エークちゃん、メーちゃん、王帝陛下守ってあげてねー」


「ぐあう!」


「……きゅ? きゅああ」


 いやこらシノーペ、エークは分かるがメティーオをほんとにメーちゃんと呼ぶか。本人というか本獣というか、が目を白黒させてるじゃねえか。まあ、頭いい子だからすぐに理解して、エークと一緒に王帝陛下の前に移動したけど。

 で、こちらのことを気にするでもなく、テムは思いっきり吐き出した。炎と雷を同時に。


「神獣の怒り、思い知るが良いわああああああああああ!」


『ぎゃああああああああああああああ!』


 炎が荒れ、雷光が走り、ここからじゃかなり距離があるから視認は難しいんだけど多分、ベンドル軍は壊滅状態になった気がする。

 こちらはシノーペが手伝ってくれたおかげで、結界で影響を防ぐことはできた。あー、魔力だいぶ消費した。


「ふん! 己が選んだ長を、姑息な手で葬ろうとはふざけた輩だ。我がとっくり潰してくれよう」


 ひょいと着地したテムは、なんだかまだお怒りが解けないご様子である。あーうん、ちょっと落ち着こう神獣様。

 普段ならほとんど介入しないのにな、テム。よほど、王への裏切りとかそういうのに腹が立ったんだろう。つか、潰すって物理的に? まあそうだろうけど。

 ………………俺がクビになったことテムが知った時、よく王都吹っ飛ばなかったな。国王陛下が謝ってくださったそうだし、そこはそれで収めてくれたってことか。責任者がきちんとそれなりの態度を示すかどうか、がテムの判断材料なのかね。

 ま、それはそれとして。


「め、めーちゃん?」


「あ、ごめんなさい。メティーオだからメーちゃん、と」


「長きに渡り呼ばれている尊い名を、簡単に縮めるでない!」


 なんか、王帝陛下とシノーペが仲良くお話してる。片方縛られてるけどね。

 話題はやっぱり『メーちゃん』か……いやまあ、いきなりそう呼ばれたら王帝陛下も、メティーオ自身もびっくりするだろ。

 ああ、俺がテムをテムって呼んでるのは、テム自身から許可が出てるから大丈夫なんだよね。というか初対面からひどく懐かれて、テムと呼ぶことを許すとか何とか言われて。シノーペたちも、その流れで許可が出てる。

 でも、テムとメティーオは別だからね? エークもそうだけどさ。


「シノーペ、いきなりメーちゃんはないでござるよ? メティーオ殿が賢いゆえ、自身のことだと即理解したのはさすがでござるが」


「えー」


 だいたい、ファンランが突っ込み入れるってどうなんだよ。いつもは逆だよ。どうもシノーペ、獣関係はおかしくなるんだよなあ……ファンランの縛り関係と、どっちがマシなのかは考えないことにする。多分、お互いに相手よりはマシとか思ってそうだし。


「きしゃー」


「うにゃにゃ?」


 で、当のメティーオはしっかりエークと会話中。いや何言ってるか分からないけれど、険悪な雰囲気ではないからいいかな。後でテムに聞いてもいいし。


「ゴルドーリアの兵よ、ベンドルの生き残りがいれば連れてまいれ。どうやらベンドル内の実力者が、己の王を排除する心づもりだったようだからな! とくと話を聞くがいい!」


『ははっ!』


 ただ、テムはまだ怒りが冷めてないようである。別の国のことなのになあ、とは思うんだけどテムは神獣で、俺たち人間とは考え方が違うんだから仕方がない。

 それに、ベンドル国内が面倒な状況になっているのなら、ここにいる王帝陛下をお返しするわけにもいかないしな。戻った途端、どんな目に合うかもわからないんだから。

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