102.務めと代償

 バーベキューにつられて出てきたベンドル兵五名は、投降ということで処理されることになった。まあ、お腹空かせて敵陣にのこのこ出てきちゃったもんなあ。それに、色々教えてくれたし……どうか、今後悪いことにならないよう、祈るばかりだ。


「そう言えばさ、テム」


「なんだ? マスター」


 その彼らが目標としていたのは、神獣システム。……と普通に呼んでいるから気づかなかったけれど、ベンドル兵に関する書類を書いていてふと思い当たることがあって尋ねてみた。猫の姿のテムは、ゆったりとソファの上で伸びている。


「俺は神獣ってテムしか知らないんだけど、他にもいるのか?」


「おる、と思うぞ。我も面識がないがな」


 あ、いるんだ。というか、当事者であるテムにして推測なのか。

 ただ、魔獣に対する感じで神獣という言葉があるのだから、それなりに数はいるんじゃないかなあと思うんだけど。ま、魔獣は群れをなす種類からエークのようなタイプまでさまざまなのがあるけど。


「神様の御使いだし、それだけ数が少ない……ということかな?」


「そういうことだ。我は砂の地に住まう民の願いに応え、この地に降り立った。民が生きる地を守り、水を護るために」


 俺の問いにテムは軽く目を閉じ、まるで歌うように自分のことを語ってくれる。

 旧王都のある地はそもそもが砂漠地帯で、そこに住んでいた人たちは水不足に苦しんでいた。移住すればいい、というもんじゃないよな。今のように道も整備されていなかっただろうし、移住したところで先住民が受け入れてくれるかどうかもわからない。

 その人たちが水を求め、神様はその願いを聞いてテムと『神なる水』を遣わした、ということなのだろう。


「テムが『ランディスブランド』の魔術師をそばに置くことを条件としたのは、魔力の相性が良かったんだよな。あと、好みに合った」


「そのとおりだ。我は神獣であり、無論魔力は人が思うよりも高い。だが、我と水を乞うたのは人だ」


 『神なる水』と人が住む地を護るために遣わされたテムが、その務めに対し条件を提示する。ま、そのおかげで俺は今こうやってテムと一緒にいられるんだけど、どうしてなのか……素直に聞かなくても、テムは俺の疑問をあっさり理解した。

 こういう言い方でも俺は理解してくれるから、とテムは信じてくれてる。ありがたいなあ。


「交換条件、ってことか。人が差し出せるものを差し出すなら、その願いに応えてやると」


「神が無条件に施しておっては、人は図に乗るからな」


 そんなふうにテムは言うけれど、お前さんが出した条件はかなり甘いものだったはずだ。

 『ランディスブランド』、自身と相性が良い魔力を持つ血統の魔術師を、そばに置け。

 たったそれだけで、神様の御使いは水と王都を守ってくれていたのだ。長い、長い間。


「……無条件じゃなくても、図に乗ったな……ゼロドラス殿下とか、元宰相閣下とか」


「もう少し厳しく定めればよかったか、とも思ったが……そうすると、人の考えによらずとも条件に合わなくなる可能性があるからな」


「『ランディスブランド』が絶えるとかは考えなかった?」


「それは考えなんだな。我が望む血筋故、どうにかして保たせるであろうと」


 テムはあくまでも神獣、人間じゃない。だから、俺たちと考え方が異なることもある。

 人間の欲望とか陰謀とかに、考えがいかなかったんだろう。だから、ゼロドラス殿下たちが俺を排除しようとする……権力者が『ランディスブランド』をテムのそばから取り除こうとする、なんてことまで考えてはいなかった。

 まあ、ブラッド公爵家を始めとした『ランディスブランド』の一族はずっとずっと残っていたし、その端っこにいた俺がテムのための特務魔術師に選ばれたのはテムがそう望んだからで。


「ひとまず、うちの一族を滅ぼしに来なかっただけあの人たちはマシ、という感じ?」


「古き一族、とか何とか言うておったからな。ほうっておいても寂れる、などと考えていたのではないか?」


 とりあえず殿下やら元宰相閣下やらが考えが浅くて助かった、というところか。『ランディスブランド』のひとりとしては。

 いやだって、メルランディア様のお腹には新しい『ランディスブランド』がおられるもんな。というかサファード様とメルランディア様のことだし、お一人で満足するとはとても思えない。

 アシュディさんは血が少し薄いとか何とからしいけれど、そういう縁戚もなにげにあちらこちらにいるらしいし。ブラッド公爵家の血を引く人がよその貴族と結婚してる例もいくつかあるから、そこから何かの拍子に『ランディスブランド』まで濃くなる可能性だってある。


「案外、長持ちしそうなんだけど」


「人が権力を保つ方法の一つが、権力あるものとの婚姻だ。その結果、『ランディスブランド』の礎となる血はゴルドーリア王国はおろか、外の国にまで広がっている」


「ああ、同盟国と婚姻結んだ話があるもんな」


 テム、よく知ってるなと思ったんだけど……多分、俺の前や前の前、そのずっと前から特務魔術師たちが、テムにいろいろ話していたのだと思えば納得はできる。

 だってテムは、俺たち特務魔術師や時の国王、その他ほんの一握りの人たちと顔を合わせるだけで自分はずっとずっと、王城の地下にいたんだから。


「正直に言えば、我はあの愚か者共に感謝しておる。おかげで地の底から抜け出し、青空の下で美味い肉を食らうことができた」


「……ははは」


 そのテムは目を細め、そうして俺の膝に乗るとごろごろ喉を鳴らした。これじゃ背中に翼があるだけの、普通の白猫だな。

 でも、白猫が俺を見つめ直した目には威厳があり、俺は思わず姿勢を正した。


「我の務めは人が住まう地と、水を護ること。その代償は、『ランディスブランド』の魔術師の魔力。人の願いは未だ、有効であるぞ」


「……テムに見放されないよう、頑張るよ」


 マスター、と呼んでもらえた魔術師である俺は、神獣であるテムがその務めを遂げられるよう力を尽くさなくちゃならない。

 うん、頑張るよ。

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