103.保存しよう

 何というか、平和である。バーベキューでベンドル兵を保護してから十日、そろそろ何かが来てもおかしくない状況だ。


「ここしばらく、縛っても良い敵が来ないのでつまらないでござる」


「そうほいほい人縛られても困るんだけど」


「その代わりにハムとベーコン、頑張って縛ってくださいねー」


「それは無論でござる」


 でまあ、何もしないわけにもいかないので書類を片付けたり塀を高くしたり結界の点検をしたり、その合間を縫って捕まえた獣肉で保存食を作っている。

 ノースボアの肉……以前捕まえたやつ以外にも結構出るんで退治してるんだけど、その肉を使ってハムとかベーコンを製作中。人を縛れないので少々欲求不満気味のファンランが、がんがん縛りまくっている。

 俺とシノーペで、炎と風の魔術を併用して燻製にしているんだよね。書類はほぼ片付いてるので、気分転換にちょうどいい感じだ。


「人とノースボアの肉じゃサイズとか違うのに、うまくやるもんだなあ」


「自分としては、やり方は似たようなものでござる」


「そういうものなのかしらねえ……」


 俺もシノーペも人を縛る趣味はないんで、ファンランの言ってることが彼女個人だけなのか一般的なのか、そのあたりはわからない。ただ、ハムもベーコンもうまく仕込めるのはファンランがテキパキと縛ってくれるおかげだからなあ。ありがたい。


「これはこれで良い匂いであるなあ。ハムもベーコンも食したことがあるが、時代が下るに従ってどんどん美味くなっている」


 ふんふんと匂いをかぎながら、猫姿のテムとエークが横でのんびりしている。いい天気なので日向ぼっこ、らしいね。さすが猫。神獣と魔獣だけど。

 って、今の言い方って。


「ということは、俺の前の特務魔術師たちも持ってきてくれたんだ?」


「うむ。というか、肉は持ってきてくれたぞ」


「まあ、外見が肉食獣だもんな」


 そうか……肉は持ってきてたのか、俺の先輩たち。弁当とか持ってきたのは俺くらい、なのかもしれないな。

 というか、神獣だから肉じゃなくても食えるんじゃね、とか考えてた俺のほうが異端なのかな? 実際、テムもエークも大丈夫なんだけど。


「うにゅーう」


「……お前は自分で取ってくるのが当たり前だったのか。大変だったな」


「うにゃ」


 いやいや生まれたときからそうでしたから平気ですよ、ってな感じでエークがぷるぷる頭を振る。

 うちに来てからはちゃんとご飯もあげてるけど、たまに何か別のを食ってるような感じはするな。……変なもの食べてなきゃいいけど、とは思うんだけど神獣や魔獣ってお腹壊すんだろうか?


「ん」


「にゃ」


 と、不意に猫たちが首を伸ばして視線を同じ方向に向けた。北の方角、ベンドルとの国境方面だな。


「ライザさん、テオさん、燻製見ててもらっていいかな?」


「あ、はあい。お任せくださいな」


「おお、そのくらいならいくらでも」


 さすがに火を使ってるんで放っておくわけにもいかず、使用人夫妻に後をお願いする。いやだって、テムとエークが同時に反応したってことは、何かえらいもんが来た可能性が高いわけだし。


「テム、何が来た?」


「エークリールの親戚、というのが一番わかりやすかろう」


「うにゃう……がうううう」


 つまり魔獣か、と考えているうちにエークが虎の姿に変化した。どうやら、危険を感じているらしい。テムはまあ、こういう性格だからな。

 ファンランがよし、と手をはたきながら立ち上がった。……ああ、もしかしてボア肉の処理終わったか。


「肉は縛り終わったでござるよ、ランディス殿」


 やっぱり。

 じゃあ、できた肉はライザさんに頼もう、としたら向こうから声をかけてくれた。


「余裕があったら、こちらの肉も燻しときますよ。ぼっちゃんたちは心置きなく行ってらっしゃいな」


「あ、お願いしようと思ってたんですよ。よろしくお願いします」


「ボアのハムもベーコンも美味しいですからねえ、何、お帰りが遅うなったらわしらが食っちまいますよ」


「うわ、急いで片付けないと」


 テオさんの言うことは冗談だと思うんだけど、まあ味見で少しくらい食べるのは問題ない、と俺は思ってる。見てもらってる報酬みたいなもんだしな、うん。


「じゃあ、行きましょうか。ランディスさん」


「うん」


 シノーペに促されて、一団となって向かう。猫のままのテムと虎のエークが先頭に立って歩いていくその先から、「村長! 神獣様!」と叫んでやってきたのは兵士さんだった。ブラッド公爵家から派遣してもらってる人で、分隊長さんだったっけな。


「テムたちが気配を感じたんで向かってたんですけど、何が来ました?」


 すっかり臨戦態勢な気配をまといまくっている俺たちには驚きもしない彼に、俺は素直に尋ねた。その答えに、ちょっと言葉を失ったのは仕方がないよな。だって。


「ベンドル軍です! そ、それが、あの」


「規模はどのくらい?」


「……女性が一人、です。それと、魔獣が」


『は?』


 だってそれ、何かおかしいだろういろいろと。

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