101.命令

『ごちそうさまでした! おいしかったです!』


 ベンドル兵五名は、ほどほどに食べ終わったところで祈りの形に手を組んで頭を下げた。食べ初めのときも思ったけど、この辺のマナーはゴルドーリアとあまり変わらないみたいだ。


「ああ、そりゃよかったですよ。お茶も飲んでくださいねえ」


「あ、ありがとうございます」


 ライザさんが出してきた食後のお茶に、涙する者までいる。ろくな装備もつけていない、服装だってだいぶくたびれている彼らがわざわざ敵地のど真ん中にフラフラ出てきた理由が、なんとなく分かると言うか。

 そうだ、一応敵兵なんだよな、この人たち。尋問、というかちょっと尋ねてみよう。何かあってもテムがいるし、俺やシノーペの魔術もあるから何とかなるだろ。その前に、エークがぱくっとやらなきゃいいけど。


「あー……ところで皆さん、ここがどこか分かっておいでですよね?」


「は、はい」


 五人の中でも服の形状から、多分一番偉いであろう人に尋ねた。他の人にはない、ちょっとした装飾がついてるからね。


「ゴルドーリアぎ……いえ、ゴルドーリア王国ブラッド公爵領内バート村、神獣様のおわす村ですよね」


「あ、めっちゃ詳しい」


 彼の返答に、思わず素が出た。

 ベンドル側の呼称である『偽王国』を使いかけてこちらの呼び方に直してくれたこととか、つい最近できたばかりのうちの村の名前とか、ちゃんと把握してるし。

 で、その推定リーダーは黙り込むこともなく、素直に話してくれた。まあ、状況が状況だしなあ。周囲にはゴルドーリア兵士、目の前には魔術師やら近衛騎士、あとちょっと離れたところで話を聞いているのが神獣とその下僕になった魔獣、なんてさ。


「上から、調査を命じられておりました。神獣様を我がベンドルの王帝陛下のもとにお迎えせよ、と」


「どうして?」


「神の使いたる神獣様には、王帝陛下の御下がふさわしいというお考えのようです」


 あ、テムの機嫌が一気に悪くなるのが気配だけで分かった。兵士の中にはびくっと震えて、テムに視線を向けるものもいる。あーうん、ベンドルの王帝陛下に置かれましてはそういう考え方は普通なんだろうけどさ。


「人間が、我を下に置こうとするか」


 神獣であるテムが、俺とか王都で付き合いのあったシノーペやファンランみたいにほぼ対等に会話するならともかく、自分を人間の下に置かれるのは我慢ならないと思うんだ。

 少なくともゴルドーリアでは、神獣は人間より上の存在だもの。だって、神様の御使いなんだから。

 ぷい、とすねたテムは、いそいそとお肉を持っていったライザさんに任せておこう。と、ファンランが横から口を出してきた。


「……で、この近辺で調べたことは報告したのでござるか?」


「はい。直属の上司のもとに向かい、情報を渡しました。……もっとも、特に神獣様に関して詳しいことはまるで分からなかったのですが」


「そうでござるか」


 なるほど。

 もっとも、俺もテムがそもそもどういった存在としてこの世界に降り立って、なんでゴルドーリア王家や『ランディスブランド』と仲良くやってくれてるのか、なんて詳しく聞き出したわけじゃないしなあ。

 『ランディスブランド』についてはテムがその魔力が好みだ、っていうくらいだし。いやまあ、そんなんで仲良くしてくれてるのなら魔力を少しくらい分けても問題ないけどさ。


「で、その後どうして君たちはお腹をすかせて、この辺にいるのかな? 調査の続行を命じられた?」


「は、はい……そのう、神獣様もしくは配下の魔獣を手に入れてこい、と。でなくば、故郷の雪を踏むことは許さぬ、と命ぜられました」


「む」


「にゃ?」


 はい?

 えーと、つまり今反応したふたり、テムかエークのどちらかをお持ち帰りしろ、と命令されたわけ? いやそりゃ無茶だわ、ベンドル軍の上官さん。


「……無茶でござるな」


「我々も、それは理解しております。ですが命令は絶対です」


 ぽつりと呟いたファンランの言葉に、ベンドルもゴルドーリアも全員が頷く。何というか、上官はこの人たちに二度と帰ってくるな、という意味の命令を下したことになるし。


「今のままで本国に帰ったら、君たちはどうなる?」


「人里に受け入れられることはなくなる、でしょう」


「それは、寒さに耐えられぬ人に死ね、と言っておるな」


「上の命令を完遂できない以上、当然のことです」


 俺やテムの質問にとつとつと答える推定リーダーさんの表情は、すっかり諦めきっているように見えた。自分たちが受けた命令がどうしようもないものだということを、この人たちはちゃんと理解している。

 ま、とりあえずの対処は決まってるから良いけどさ。


「……ええと。一応ベンドル軍の兵士なので、捕虜として牢に入ってもらうことになるね。体力落ちてるだろうし、しばらくゆっくりしていってくれ」


「は、はい」


「自決はせぬほうが良いぞー。どこの上もそうだが、人の死を軽々しく旗印に使うものだからな」


「……」


 俺の指示とテムの言葉に、思わず硬い表情になったベンドルの人たち。彼らは、こちらの兵士の人たちにおとなしく連れられていった。

 ああ、バーベキューの残りは弁当にして皆に持たせたから、晩御飯にでもしてくれな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る