100.香りにつられて
一応村長宅であるうちの庭は、いつの間にやら広々とした広場になっていた。いやまあ、いざってときに兵士を集合させたり、難民を休ませるテントを立てたりするのに使えるからいいんだけど。これ以外に家庭菜園もあるからなあ……よく許可が降りたもんだ。
で。
『いただきまーす!』
「でござるう!」
その庭は現在、家の連中に加えて兵士さんたちも一緒にバーベキュー会場と化していた。焼台がいくつも作られ、あちこちから肉や野菜のいい匂いが漂いまくっている。
なお、うち周辺にはテムががっつり結界を張ったので、敵意や悪意のあるやつは入ってこられない。あと匂いも軽減済みとか。さすが神獣様である……自分がのんびり食べたいから、だろうけどさ。
ところで、いくらうちでも兵士さんの分の肉や野菜はねえよな、と思ったんだが、次々と焼きまくってるところを見ると余裕があるようだ。
「てか、かなり食料ありますね」
「兵士の皆さんの分は、駐屯所から持ってきてくれたんですよ。あちらの焼台は自分たちで作ってましたし」
ノースボアの肉を取りながらライザさんに尋ねてみると、そういう答えが帰ってきた。ああ、自分たちの分持ってきてくれたんだ。
「在庫のドライフルーツや肉、魚、それに香辛料と労働力を提供しますんで、と申し出ました。良かったですよね?」
「え、マジですか」
兵士の一人が、こちらの会話に気づいてそう言い添えてくれた。ってドライフルーツに香辛料、って本気でマジかー。
「うん、ありがとうございます。ドライフルーツや香辛料は南のものが多いんで、このへんだとなかなか手に入りませんしね」
「村長や神獣様のおかげで、俺たちもだいぶ楽させてもらってますし。休戦中ですが、こういうときはゆっくりしないとですし!」
「そういえば、まだベンドルと決着ついてませんからねえ」
いやはや、そうなんだよね。
今回の戦についてはあっちから宣戦布告してきて、こっちに侵攻してきた軍をこっちが頑張って追い返しただけだもんな。終戦に向けての取り組みも何も、多分まだ進んでいない。ベンドルもゴルドーリアも、相手の動きを探りつつ次の一手を狙っている。
あと、この領地は一応最前線なわけで。だから、お互い睨み合っている今のうちに肉も野菜もたっぷり食べて英気を養っておかなくちゃ……ありゃ、ただの昼飯のはずだったのになあ。
「目玉焼きとトースト、焼けたぞー」
「ほらあんたたち、野菜炒めもしっかり食べな!」
「チーズ入りのスクランブルエッグが、まっこと美味しいでござる!」
兵士さんがひょいひょいと卵を割っていき、こんがり焼けたトーストと目玉焼きを取り分けてくれる。その上に、ライザさんが炒めた野菜をどさっと乗せる。あー、マジ美味い。あとファンラン、それもほんとに美味しそうだな。チーズがとろけてさ。
「ううむ、良い匂いだ。明るい空のもと、これほど楽しい宴があるとはなあ」
「神獣様は、ずっとお城の地下におられたそうですもんねえ。お肉どうぞ!」
「感謝するぞ!」
テムは獅子の姿になって、兵士さんたちからいろいろ肉をもらって満足げである。確かに今日はいい天気だし、テムの初めてのバーベキューとしてはいい感じでよかったよ。
「はいエークちゃん、しっかり食べてねえ」
「ふにゃあお」
一方エークは猫モードで、シノーペにべったりである。肉野菜魚卵いろいろ取り分けてもらい、ちゃむちゃむと可愛らしく食事中だ。……元敵の魔獣なんだよな、あれな。気にしちゃいけないけどさ。
「……あの、村長」
「ん? 何?」
ふと、兵士さんの一人がそろっと近づいてきた。彼がちょいちょいと指差す方を見ると……ありゃ。
ふらふらとこちらにやってくる、五人ほどの兵士。ゴルドーリアじゃなくて、ベンドルの兵士たちだ。げっそりしてて見るからに空腹で、ほんの少し漏れ出てるバーベキューの匂いに釣られてきたってのが丸わかりである。
「あーうん、食べやすそうなのを少し取り分けて食べさせてやって。テムの結界すり抜けてきたんだから、今のところこちらに敵意はないでしょ」
「わ、わかりました」
兵士さんに指示して、テムに視線を向けると目を細めていた。うんうん頷いてるから、既に確認済みだな、あれ。
さすがに兵士が持っていったら逃げるかな、と思ってたらあの兵士さんもそこは心得ていたようで、テオさんにお願いして持っていってもらってるな。さっきファンランが食べてたスクランブルエッグと、別に鍋で作ってたらしいスープ。後で飲みに行こ。
「ほれ、食べなされ」
「えっ」
「そのような顔で出てきても、戦はできんじゃろ。まず食べなされ」
「は、はいっ」
「い、いただきます」
テオさんに促され、彼らはちょっとずつ食べ始めた。
「うまい、うまいなあ」
「卵が軟らかい……むぐむぐ」
「あちっ!」
味付けが口にあったみたいで、だんだん速度が早くなってくる。サンドラ亭のタレと、他には塩味とか胡椒とかだっけな。シンプルなのなら、特に問題はないだろう。
途中でスープを飲んだら熱かったようで、さすがに一休みしている。その間にこちらの兵士さんたちが数名、彼らの周囲を取り囲んでいた……のはま、仕方ないよな。
「あ、あ」
「……とりあえず、いきなり食いすぎたら身体がびっくりするだろ。あと、水も飲め」
ビクッと怯えたベンドル兵たちに、こちらの兵士さんたちはため息を付きつつ、水の入ったコップを差し出した。
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