95.斬りに来る条件
「それと……ムッチェ伯爵家については、既にお聞き及びかと思いますが」
「ああ。ご当主が『病死』された件ですね」
リコリス様が出してきた話に、まあ知らないわけじゃないので素直に頷いた。表向きにはそうなっているから、実際のところをもしかしたら聞けるのかな、とはちょっと期待したかもしれない。
「……正直に申し上げますが、両親の手が早すぎて困っております。新王都におられる国王陛下や大臣の方々が、遠い目をされていたとか何とか」
「ご両親、でござるか」
「はい。わたくしが一度領地に戻ったときに話を聞いた結果、旧王都前で戦の決着が付く前に両親は前当主を始末したようなのです」
「は」
何だそれ。
要するに、俺たちがベンドル軍を追いかけて旧王都前で戦仕掛けるくらいで既に、ムッチェ伯爵はばっさりいかれてたわけか。いくら何でも早すぎるというか、ドヴェン辺境伯軍もベンドル軍と戦してたよな。
……案外、もう終わってたのかもしれないけどさ。
「……それは早いでござるな」
「つまり、その前にムッチェ伯爵家がベンドル軍を通したっていうことは分かっていたわけですか」
「はい。我が家の領地とムッチェ伯爵領の間にある湿原が通り道だったのですが、一応警戒はしておりましたから」
ファンランとシノーペに答えるリコリス様の言葉に、ああと気がついた。
そうだよな、分家が王家に対して歯向かうようなことをやらかしたって分かったから、リコリス様のご両親はそちらに向かったんだ。そして、始末をつけた。
つまり、それだけ情報が早く届いたってことだ。いくら隣の領地でも、戦の真っ最中に。ああいや、戦の最中に敵軍の動きがおかしかったりしたら調べるか。それで分かったのかもしれないな。
さすがは、敵国との境を預かる辺境伯家だ。分家がアレだったのが不幸、ってところかな。
「ドヴェン辺境伯領には入ってきていない、のだな?」
「湿原の深さや住んでいる獣といった環境の関係で、まず入ってこられません。一応、城壁も構えておりますし」
テムの質問にも、リコリス様はてきぱき答える。末娘で……まだ十三歳とか何とか伺ったけど、それにしてはしっかりしておられるなあ。
「我が領地に広がっている湿原は、ムッチェ伯爵領側よりも水深が深いんです。それに、水の中に肉食獣が潜んでおりまして」
「……ああ。人間が程よい餌になるような、そういう獣ですのね」
「そういうことです。そういうこともありまして、領民を近づけないために先祖が城壁を作りました」
そのリコリス様が示してくれた答えに、うわあとなった。自然の脅威すごいな。てか、山や森になるとそれこそノースボアやノースグリズリーがいるわけで。食い物少ないだろうから、人間も餌の範疇だよな。
……ベンドルは魔獣使いが獣使って戦を進めたりしてるけど、その水中の獣は使わないのかな? 操れないか、何か問題があるのか。
ま、水中でしか使えないとか言うパターンかもな。湿原を出たら、旧王都までは岩山だの草原だのが続くわけで。
「ベンドルの者もそういった獣の存在は知っておろうな。それ故に、伯爵領側からこちらに入ってきた、と」
「ブラッド公爵領側にも壁はある程度作られていましたが、山を越えれば侵入は可能ですからね。ただ、テムさんの結界のおかげで人里には入り込めなかったということでしょう」
「その結果敵の通り道にされて、それはそれでサファード様がお怒りになったわけでござるが」
テムの小さなため息のあとにシノーペがこちらの事情を言葉にしたのはいいとしてファンラン、たしかにサファード様は怒ったけど今それ言うところでもなくね?
「今度はそうはいかないでしょうね。母上がそう、推測しているの」
前回とは違うやり方で、またベンドル軍はやってくる。リコリス様の言葉の意味を、俺たち全員はそういうふうに理解したはずだ。
「しかし、ベンドル軍に別のやり方があるのでござるかな?」
「今回使われていた魔獣は、群れをなす小型のものがほとんどであったからな。こやつの元のような大型獣を持ち出してきても、我は驚かぬぞ」
「ふにゃーん」
………………ああそうだ、エークってもともとテムと戦った魔獣の
「こちらでもそう考えているんです。それで、万が一こちらに再進軍してくる場合を想定して父上は援軍を出すこともやぶさかではないと言うか、その」
「敵と戦いたいでござるかな?」
「そのとおりです……」
ファンランがさらっと質問してくれて、リコリス様が観念した感じで答えてくれる。
えーとつまり、隣の領地に敵が進軍してくる可能性があるからその時のために、辺境伯当主自ら援軍としてくる用意がある、とメルランディア様に伝えに来たのかリコリス様。実のお父上のことで、なんだかお疲れさまです。
「ムッチェ伯爵家の愚かな行為は、本家である我がドヴェン家にも責任があるのでその償いとして、援軍の準備をしてあることを王都とこちらに伝えました。いかにお使い戴くかは、それぞれの判断にお任せすることになっております」
で、そのリコリス様が出してきた条件にあれっとなった。いや、だって自分とこの分家が利敵行為したからって戦が終わるか終わらないかのうちにそこの当主斬りに行った当人だよ? それでいいの? 自分が暴れたくて来るんでしょ?
「ご当主がその条件で、兵を出してくださるのですか?」
「厳密に言えば、母上が勝手に出たがる父上をしばき倒して認めさせました」
思わず質問したら、帰ってきた答えは納得の行くものだった。うん、リコリス様のお母様だもんな。
いやいや、辺境伯夫人も分家当主斬るのには同行したよな? ……ま、いっか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます