94.もふるのが用件
ひとまず、リコリス様たちを村長宅……つまり俺んちにお迎えした。応接室はライザさんがしっかりお掃除してくれてるんで、質素だけど綺麗さは保っている。いや、たかだか村長の家なんだしシンプルイズベスト、だよな。
「ドヴェン辺境伯が末子、リコリスにございます。こちらはわたくし付きのメイドのジェンダです」
「王都守護魔術師団からこちらに派遣されております、シノーペ・ティアレットです。お噂はかねがね、テムさんから伺っておりました」
「近衛騎士団からこちらに派遣されている、ファンラン・シキノでござる。テム殿が御自ら毛づくろいをお任せしたのであれば、リコリス様はさぞ良い方なのでござろう」
「あ、ありがとうございます」
なんていう感じにシノーペたちとも挨拶を交わす。なんつーか、テムの話で意気投合しそうな女性陣だけどまあ、いいか。
で、そのリコリス様とジェンダさんを歓迎するならもう、これしかない。
「おお、ドヴェン家の末娘か。よく来たな、歓迎するぞ」
「はうっ! あ、ありがとうございまふっ」
家でのんびりしていたせいか獅子姿のテムが、二人に気づいてのっしのっしと近づいてきた。猫より獅子のほうがもふりがいがあるわけで、感動のあまり震えているリコリス様が何というか、可愛い。まだ十三歳だそうだしね、うん。
と、シノーペがいそいそと木製の手提げボックスを持ってきた。蓋を開けると櫛、ブラシ、柔らかい布やら霧吹きやらいろいろ入っている。
「あ、こちら私がいつも使ってる毛づくろいセットです。よかったらどうぞ」
「こ、心遣い痛み入ります……ジェンダ、受け取って」
「は、はい。恐れ入ります」
毛づくろいセットを渡されて、深々と頭を下げるジェンダさん。上げた顔は、うむ、興奮してるな。テムの毛づくろいができるぜきゃっほー、って感じに。
リコリス様もなんだけど、ジェンダさんももふるの好きだよねー。さすがの俺も、あれ見たら忘れやしないって。
……そういえば、エークはどうなんだろうな。テムのほうがふわふわ、エークはつやつやって感じだけど
「ぎゃう?」
「エークリール、そなたも混ざるか?」
「ぐにゃあ」
そのエークは既に荷物、じゃなくて捕虜運びを終えてファンランやシノーペと一緒に来てるわけで、虎のままの魔獣は猫の混ざった鳴き声でぼくもまぜてー、ととことこ歩み寄っていった。
いくらなんでも黒虎なんだし、驚いたらどうしよう、と思ってたら。
「ふ、増えましたっ!」
「おおお落ち着いてくださいませリコリス様! そ、そちらはわたくしめが!」
……違う意味で驚いてるよ。大丈夫かこの人たち……あーいや危険はないか、テムが認めてるしな。ひとまず、気が済むまで毛づくろいさせとくか。
「ところでランディス殿、このお二方とはどちらでお会いしたのでござるか?」
「あーえーと、この二人な」
その間に、シノーペとファンランに説明しとこ。この前旧王都で会ったこととか、見て分かるけどもふもふ好きだってこととか。
「……はっ。ジェンダ、お二方ともお願いね」
「はい!」
今回は正気に戻るまで二十分ほどかかった。テムは二度目だけど、初めて見たエークがいるからだろうな。うん、黒い毛並みがいつもより余計につやつやしてるよ。黒いほうが、つやとか分かりやすいもんな。
「………………え、ええと、失礼いたしました」
「ふう。我は満足であるぞ」
「うなーお」
「ああいや、俺は一度見てますしテムもエークも満足してるようですから。あと、この二人もテンションがそこまで高くないだけでそう変わらないです。特にシノーペは」
「もちろんです。だからこその毛づくろいセットですもん」
テムもエークも、すっきりのんびり身体を伸ばしつつジェンダさんに撫でられている。リコリス様が名残惜しそうなお顔なので、さっさと用件を片付けることにしよう。その後でまた、もふってもらえればいいさ。あとシノーペ、そこは胸を張るところか?
「とりあえず話を戻すぞ。リコリス、そなた何用でここにおる?」
「あ、はい」
話の方向を修正してくれたのは、うにゃーんと伸びている獅子のままのテムだ。いやまあこの中で一番地位高いし、この方が話もさくさく進むか。
「手っ取り早く言えば、今後予測されるベンドル軍の再侵攻に対抗するための連絡員、というところでしょうか」
「連絡、ということはお相手はドヴェン辺境伯家、ですね」
「そうです。一応、こちらの当主ご夫妻にはご挨拶してきたのですが、そのう」
「我をなでたくてこちらに来た、というわけだな」
「はいそうです」
っておおい、用件済んでるじゃないか。
つーか、ドヴェン辺境伯家でもベンドル軍の動きについては大体サファード様たちと似たような予測を立ててるわけか。で、こちらに連絡員としてリコリス様をよこしたってことは、こっちかあっちかにやってくる可能性が高い、と。
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