93.捕まえたら積む

「うにゃーん」


 猫エークが、山積みになったベンドル兵の頂点で上機嫌に鳴き声を上げる。積まれた兵士たちは全員、というか積まれてない奴らまで見事に変態的な拘束術を受けていた。

 今日も元気にゲリラ戦、というか潜入を試みたところでテムの結界に引っかかったベンドル軍兵士各位の哀れな姿である。村に帰ってきてから十日、大体二日に一回くらいはこんな感じだ。


「戻ってきてよかったでござる。縄の在庫が豊富でござるからな!」


 山の前に仁王立ちになって、ファンランがエークと同じく上機嫌な顔。えーとひのふの……積まれたのが六人で横に転がってるのと合計で十五人? そりゃよく縛ったもんだ。


「……あーいえ、ファンラン殿が大量に使用されることを見越して在庫を増やしておいただけです……」


「その在庫に見合った量の相手が出てくるとは、さすがに思いませんでしたが……」


 警備をしてくれている兵士さんたちが、はははと顔をひきつらせているのはまあしょうがない。あと、ファンランの性癖はすっかり知れ渡っているようだ。縄なんて、他にも使いみちあるのにごめんなあ。


「あーうん。品質確認と使い回しと在庫管理よろしくな、シノーペ」


「お任せください、ランディスさん」


 紙とペンもってるシノーペに指示すると、即座に頷いて動き出してくれた。

 ファンランが敵を倒してとっ捕まえて縛る役割で、シノーペが事務処理とか交渉とかしてくれる役割、という感じにすっかりなっている。いやまあファンランに交渉はちょっと無理だろうしさ、この変態芸術見たら……敵の捕縛には最適なんだけど。


「在庫のチェック、お願いしますね。あと、捕虜の収容所ですけど……確か今あるところはいっぱいでしたよね?」


「それは一応、新しく掘っ立て小屋を作っておきましたので。ひとまずはそこに入れようかと」


「わかりました。ランドの方に引き取ってもらえないか、お伺い立てておきます」


「よろしくお願いします、ティアレットさん」


 兵士たちと話をしているシノーペ、テキパキと話が進むからほんとに助かるんだよなあ。

 にしてもこの兵士たち、どちらにしろ地獄を見るよな。バート村だとファンランがこう、縛りの練習とか新しい型の開発とかに使うだろうし……ランドに行けば、サファード様とセオドラ様がお待ちかねだ。


「うにゅにゅにゅにゅー」


「うわあ、やめろ来るなあ!」


「うにゃおん」


「ひいいいい!」


 ……で、エーク。猫モードのまんま、転がってるベンドル兵の間をのほほんと歩き回ったり顔なめたりしてるけど、それで何で兵士たちは悲鳴上げてるんだ?


「ところで、エークちゃんは何やったんですか」


「ああ。虎モードで、あいつらにじゃれついたんだよ。それこそ猫のごとく」


「うわあ」


 こちらの兵士の説明に、俺もシノーペも顔がひきつった。実際に見ているはずのファンランは……あ、ざまあみろって顔してるわ。

 えーと要は、猫がおもちゃとか飼い主とかにうにゃうにゃごろごろとかじゃれじゃれとかしてるアレを、虎でやったわけだ。多分、ファンランが縛った後に。言われてみれば砂や草にまみれてるなあ……転がされた結果か、あれ。


「サイズが違うだけで恐怖ですねえ」


「ベンドル兵たちにほとんど傷がついてないってことは、ちゃんと加減してやったんだな。……そうでなければ、もしかしたら掘っ立て小屋の数が少なくて済んだかもしれないけど」


「それは困るでござる。せっかく縛った縄と時間と生命が、もったいないでござるよ」


「……ま、まあなあ」


 ファンランのもったいない、というのに生命が入ってくれてたのがちょっと嬉しかったかな。近衛騎士だし、戦争なんだから相手を殺すのも当然といえば当然なんだけど、でもな。


「それより、とっととこれらを運ぶでござるよ! エーク殿!」


「うにゃがおおおう!」


『ひいいいいいっ!』


 そして捕虜の兵士を運ぶ、という名目でエークを連中の目の前で大きくしてやるファンラン。生きてるほうが、あの反応が見られるもんなあ。

 あーあ、全員白目むいて泡吹いてるよ。どうせ荷車に積んで運ぶだけだろうに……きっちり縛られてて、歩けないからね。


「がおがおにゃあん」


「……どちらかになりませんか、エークちゃん」


「うにゃ?」


 一人ずつ律儀にくわえて積み込むエーク、鳴き声が猫のと虎のとまじるんだよな。猫モードの時はずっと猫の鳴き声だから、基本形態がそっちになっちゃったのかね? もともとは黒虎の魔獣だろうが、お前。


「まあ、どちらでもいいか。普段猫をやってると、こういう時の威嚇や威圧にはかなり効果が大きいし」


「そうですけど……ああ、虎のほうが全身でもふもふできますね」


「そっちかい」


「そっちです」


 全身でガバっと虎エークに抱きついても怒られたりじゃれられたりしないのは、ひとえにエークがテムの下僕になってるからだからな? 万が一のことも考えて……ない気がする、うん。


「ごめんくださいませ」


 そんなことを考えていたら、不意に声をかけられた。振り返って、あ、と言う形に口が固まる。


「こちらにおられると伺いまして、参上いたしました。キャスバート様」


 何でリコリス様が、ジェンダさん連れてここにいますかね?

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