92.身構えていこう
村に帰った俺は、テムとともにランドの街にあるブラッド公爵邸を訪れていた。まあ一応、公爵領を代表して戦に参加したんだから、その報告にな。一応、自分なりにまとめた報告書もちゃんと提出した。
そして。
「誠に、手間を掛けさせたな。本来であれば、私が先頭に立たねばならなかったのだが」
ゆっくり、ゆっくりと大きくなっていくお腹を大事そうになでながら、ゆったりと座っているメルランディア様は俺たちに優しい言葉をくれた。
というか、メルランディア様が先頭に立つことはないと思う。絶対、その前にサファード様が立ってると思うから。
「いえ。メルランディア様がお元気なのであれば、何よりです。サファード様のためにも」
「ええ、メルがとても元気で何よりでしたよ」
「ご心配なく。わたくしが常におりますので」
「そうですね。我が家には、コーズがいますからね」
当のサファード様と、そしてコーズさんがメルランディア様を挟んで両脇に立っている。サファード様の笑顔が、戦場にいたときとは違って嬉しい楽しい幸せな笑顔ってのがすごく分かる。
いや本気でメルランディア様、先頭には立たないでください。この二人がそれより前に出て大暴れするのが、目に見えてますから。
さて、それは良いとして、だ。
「それで、報告書は読んだ。……ベンドルが、これで収まると思うか?」
「思わぬ」
「全く思いません」
メルランディア様の質問に、テムと俺は大体同じ返答をした。
何とかベンドル軍は撃破したけれど、まだ本国には王帝陛下とかその配下とかが残っているはずだ。いくらなんでも、あれがベンドルの全軍だとは思えない。テムの力を借りたにしても、割とあっさりやられたしね。
つまり、まだ本番が残っていると考えたほうが良いわけだ。何しろここは、ベンドル王帝国と境を接している場所だから。どれだけ警戒していても、し足りないんじゃないかな。
「あれらが先行部隊と仮定してのことだが、あれだけ派手にやられたのだ。本国側では、復讐を誓っているだろうな」
「そう考えるのが妥当なところだな、神獣様。私も奴らは、再度の進出を狙っていると考えている」
「そもそも、旧王都を占領してそこから世界征服するってのがもともとの目的ですもんね」
『もともとの目的』を口にしてしまって、俺はベンドルの妄想癖というか何というか、に呆れ果ててしまった。
いや、ベンドルのもとになったらしい大昔の国は、それこそ強大な戦力を誇ったらしい。だから、ゴルドーリア王国を始めとした周辺国が連合軍組んだ上に神獣、テムの力を借りて何とか北の大地に押し込んだ、んじゃなかったっけな。確か。
でも、それから数百年とか経過しているんだけど、ベンドルがそこまで戦力を回復したとは思えない。北の寒い地では武具を揃えることも大変だろうし、そもそも人を増やすのには向いていない。食料だって、確保するのに手間がかかる。
だけど、ベンドルはまだ懲りていない。軍が敗北した後も生存者があちこちに隠れ、散発的に抵抗しているのがその証拠だ。俺やテムたちが片付けたのは、ほんの一部に過ぎない。
ならば、ベンドル軍は今度どこから現れるか。考えるまでもないけれど、確率の高い推測を口に出して確認しておこう。
「では、またこの付近に現れるでしょうか」
「メルも僕も、その可能性が高いと考えています」
「先だって、ムッチェ伯爵家の当主が『病死』したという知らせがあってな。本家であるドヴェン辺境伯家の後見を受けることになったようで、あちらからの侵入は無理であろう」
サファード様の言葉は俺の推測を後押しするものだったけれど、その後にメルランディア様がおっしゃった話に俺は目を丸くした。「にゃ」って声が聞こえたから、テムにとっても意外な話だったのかもな。
とは言え、何か微妙というか、死因は別のところにあるんじゃないか、それ。ムッチェ伯爵家って言ったら、今回ベンドル軍が通り道に使った湿原を領地に持ってる家だもんな。
「病死、ですか」
「王太子の廃嫡やら遷都やら戦やら……難題が山積みのところに、どこかの脳筋が分家の当主を斬り殺した、などという難題を更に積み上げる気は誰にもない」
……おおいメルランディア様、本当の死因ぶっちゃけたら駄目ですって。
というか、バレバレなんだな。それも多分、理由がわかっているのでお目溢し……というところだろう。ドヴェン辺境伯、つまりリコリス様のお父上が分家の当主斬り殺すなんてさ、今の状況考えたら下っ端の俺にだってなんとなく理由が分かるもの。
つまり、ムッチェ伯爵家がベンドル側に協力して軍を王国領内に通したんだ。それが本家にバレてバッサリいかれた、ということだろう。
今後、そちらの領地は本家から軍が派遣されるだろうから、ベンドル軍が通るには……あーうん、ドヴェン家と辺境伯軍を相手にしないと駄目だろうね。今回でもできなかったのに、今後も無理なんじゃじゃないか?
「伯爵領には辺境伯の軍が入るわけか。つまり、ベンドル軍が通れる可能性は万に一つもなくなっただろうな」
「そういうことです」
俺の考えた同じことを、簡潔にテムが言葉として紡ぐ。頷いたサファード様の視線を受けて、メルランディア様が俺たちに向き直って……姿勢を正した。
「よって、ベンドルが侵攻してくるならば我が領地から、と私は見ている。……神獣様には、人里への守りを引き続きお願いしたいのだが、よろしいか」
「言われるまでもない。我がマスターの故郷とそこに住まう人々を護るのは、キャスバート・ランディスをマスターと定めた我の役目だ」
「俺も、協力させてください。自分の村が中心になる、と思いますけれど」
テムがブラッド公爵領を守ってくれる、と言ってくれた。そこの領民の一人である俺としてももちろん、力を出さないわけにはいかない。
だから上げたこの声に。
「無論だ。期待しているよ、キャスバート・ランディス」
メルランディア様は、自信に満ちた笑顔で頷いてくださった。
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