96.水は大切
リコリス様がブラッド公爵領においでになった用件は、ドヴェン辺境伯領からの援軍派遣の件を伝えて公爵側とすり合わせをすること、それからテム(とエーク)をもふること。
まあ、一応用件は終了したわけなんだけど、それだけで帰る気はリコリス様にはなかった。
「神獣様のおわすバート村とも、防衛についてきちんとお話を持ちたいと思いまして」
「辺境伯軍との連携を考えれば、情報交換は重要でござるからねえ」
要するに、うちの村の防衛機能なんかを情報仕入れて実家に持ち帰りたい、ということである。こちらとしても、ドヴェン辺境伯のお力を借りることになるかもしれない状況なんで、出せる情報は出しておこう。
万が一辺境伯軍と戦うことになってしまったりしたら、俺とテムで結界張ればいいしな。ま、そんなことにならないよう祈るけど。何か剣の一振りで、俺の結界なら割られそうな気がするし。
「国境を隔てる壁を、簡易的ですが構築いたしました。まあ、時間稼ぎ用ですね」
「壁の向こう側には空堀を作って、その底には尖った竹や木を仕込んであります。あまり保ちはしませんがまあ、腐ればそれはそれで」
「やはり、基本は壁ですわね」
とりあえず地図を引っ張り出してきて、シノーペと俺でざっと説明してみる。といっても、防衛機能なんてせいぜいこんなものだしな。
うちの防御は、旧王都ほどではないけれど結界頼みな部分がある。それだけではだめだって思ったから、工兵部隊に壁と空堀を作ってもらったんだけど。
「壁の内部から外に向けて、弓矢や魔術での攻撃がしやすいように外の地面を低く掘ってあるでござる」
ファンランは近衛騎士で、ある程度のそう言った知識もマイガスさんから教わったらしい。工兵部隊と、いろんな意味で話が合うようだ。縛りについては、さすがに無理らしいけれど。
「我やマスターの結界もあるしな。相手の接近まで、かなりの時間が稼げよう」
「確かに。ですがベンドルのことですから、神獣様を仲間に引き入れるなどの目的でこちらを狙ってくるかもしれません」
「自分たちが世界を治めるのにふさわしいのだから、テムさんも自分たちに味方すべきとか何とか言いそうですよねえ」
ふん、と満足げな顔をしたテムだったけど、その後のリコリス様とシノーペの会話にうげ、となった。
確かにやりかねん……と思いこむのも何だけどさあ、俺たちからしたらベンドル王帝国っていう国はそういうことを言ってきてもおかしくない国、ということなんだよね。はあ、やれやれ。
「辺境伯領との境には川が流れております。我が領地の水源の一つですが、防御壁代わりに使えますかね」
ベンドルの考え方はさておいて。とりあえず、使えるものは何でも使うとばかりに地図の端を示した。ベンドルとの国境地帯にある山地を水源とする川はいくつもあって、ブラッド公爵領はその雪解け水を生命の拠り所としてありがたく使わせてもらっている。
これが旧王都には近寄らず、別の方向に流れていくせいであの辺りはもともと砂漠だったんだよね。『神なる水』がなければあの地は、そのうち砂漠に帰っていくはずだ。
で、川っていうのは防御としても使える。水深とか周囲の環境にもよるけれど、歩兵や騎士が渡るのは大変だしここらへんだと雪解け水だから冷たい冷たい。野菜や果物を冷やして食べるのには最適だけど……そうじゃなくて、うん。
「使えると思います。ただ、ベンドル軍は湿原をどうにかして渡ってきたのですから、防寒防水対策はある程度しっかりしているはずですわ。うまく使わないといけませんわね」
「あ、そうか」
そして、リコリス様の指摘で思い出した。そうだよな、あいつら今回はムッチェ伯爵領の湿原を通ってきたんだったよな。つまり、水の上を渡る方法を持ってるわけか……じゃあ、防御には物足りない。
「大丈夫ですよ。水や氷の魔術が得意な者、それに火の魔術が得意な者がいれば防衛に使えます」
そこにシノーペが口を挟んできた。あー、何か知らんが魔術師がいればどうにか……俺も魔術師だろ一応。しっかりしろ。
でも、水や氷は分かるけど。
「水や氷はわかりますけれど、火ですか?」
同じことをリコリス様も考えたみたいで、疑問符をつけた言葉を紡ぐ。それに答えたのは……何でかファンランだった。
「水を蒸発させて霧を生み出せば、目隠しになるでござるな。それと熱湯は嫌がらせに最適でござるし、なんなら敵兵に火傷を負わせることができるでござるよ」
「……ああ、たしかに」
「なるほど!」
うわあ、びしりと人差し指立てて説明してくれたファンランの笑顔が敵縛ってるときの顔だ。ありゃ経験済みだな、こいつ。
しかしそうか、直接攻撃ばかり考えていたけどそういう手もあるのか、なるほどなあ。火打ち石とかで火をおこすより、魔術で出す方が早いもんな。火力も調整できるしさ。
「じゃあ、派遣されている部隊にそういう連絡をしておきます。まあ、ほどほどにとは言っておきますが」
「村の水源の一つだからな。そうそう減るものでもなかろうが、気をつけるに越したことはない」
シノーペの意見を取り入れることにしよう。ちゃんと訓練を受けて知識もある兵士さんたちだから、きっと他にもいろいろな使い方を考えてくれるだろうな。
それと、水を守ってきた神獣であるテムの言葉には全員が頷いた。生きていくには水、超重要だからな。
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