87.めんどくさい野望
「こちらから先に、ベンドルに攻め込めと」
ドヴェン辺境伯の意見。気持ちがわからなくはない、と思う。
自分の領地の目の前に敵がいて、いつこちらに攻めてくるかもわからない。ならばこちらから打って出よう、ってことだからな。
……それが、国王陛下に届いたかどうかは。
「はい。もっとも御存知の通り、その奏上が取り上げられることはございませんでしたが」
「ワノガオス陛下は、こと慎重な方でいらっしゃいますからね」
リコリス様のおっしゃるとおり、ゴルドーリア軍がベンドル領に攻め込むことはなかった。……まあ、俺がクビになる前とかはともかく、その後はそんな暇なかったよね。何で元王太子殿下と元宰相閣下、あそこまで俺に固執してたんだか。
「元王太子と元宰相のお二方は、父の意見に賛成だったんですよ」
『え』
そこに、リコリス様がそう言ってきたので俺とサファード様は思わず顔を見合わせた。いやマジか、あいつら好戦的……だよな、うん。自分の軍差し向けてきたもんな、こっちに。
「数度目の奏上文が、たまたま母に見つかりまして。それでどつき倒された結果、父は奏上することはなくなりました」
「……どつき倒されたんですか……」
「ドヴェン辺境伯夫人ドリステリア様は、ご当主を物理的にお止めすることができる唯一の存在と聞いています」
どこにでも、そういう方はおられるんだな。
ドヴェン辺境伯閣下は、敵国との最前線でベンドル兵をぶっ飛ばしまくったという話はがっつり届いている。その辺境伯閣下を、『物理的に』どつき倒せる奥方って……上には上がいる、ってこのことだな。
あと、リコリス様が平然としておられるから、これは辺境伯家ではふつうのことなんだろう。多分。
「ですが、それまで届けられた奏上文は残っております。あのお二方は王都での実権を握り、機を見てベンドル出兵を軍に命じる気だったのでしょう」
「けれど、本気で軍を動かすとなると……それも隣国への出兵ですから、大掛かりなものになります。その場合、国王陛下直々に命令書をいただかなければ、多くの将は納得しませんね」
「……王の気力を削る意味もあっての、我がマスターの解雇か」
「へ」
ひどく難しい言葉が多くて、状況がよくわからないけれど。
テムがぼそりと呟いた言葉を、受け取ることはできた。国王陛下は、俺にはとても良くしてくれた方だからな。
「もともと体調を崩しておられた陛下を、キャスバート君を王都から追い出すことで気落ちさせて正式に元王太子殿下に譲位させるつもり、でしたか?」
「他にも様々な事情があるのでしょうが、それはわたくしにはわかりません。ですが、特務魔術師関連の情報が手に入ったことで母が、そういう面があったのではないかと推測しております」
「そんなんでクビにされちゃ、溜まったもんじゃないですね……」
当事者である俺ががっくりと肩を落とすのは、何もおかしくないよな。ただ、ジェンダさんやテムも含めて全員ほぼ同じ状態っていうのは、なあ。
と、ジェンダさんが「あの……」と口を開いた。
「お嬢様と私が当事者に質問いたしましたが、ろくな返答はございませんでした。念のため、申し添えておきます」
「ありがとうございます、ジェンダ……でしたね。そう言えば、ここには本人がいますからね」
そうだったそうだった。旧王城地下で『神なる水』のお守りしてたよな、確か。
しかし、今の状況で何で答えない……あ、そっか。
「国王陛下を退位させようと考えていた、なんてことを肯定したら反逆罪になりかねない、からですね」
「そういうことですね、キャスバート君」
「物理的に殺そうとしなかっただけ、ほんの少しマシであったということだな」
にこにこ笑うサファード様に、思い切り物騒な事を言うテム。結界張ってるからってほんと、言いたい放題だなあんたら。
でもまあ、たしかにそうか。どうしてもあの二人が王国の実権、そして地位を手に入れるつもりだったら国王陛下を暗殺して、ゼロドラス殿下が王位につくって手もあったんだ。
そこまでやらなかっただけ、あの人たちはマシだったってことか。他の国とか、歴史の中ではそういう事もあったもんな。一応、ちゃんと勉強はしたんだぞ。古い歴史なら、テムがある程度教えてくれたしさ。
「それでキャスバート君、そしてブラッド公爵家を力で抑えようとして失敗してしまった……のは仕方のないことですね。キャスバート君は、王都で暮らしていた間に色々なお友達ができましたから」
「マイガスさんや、アシュディさんたちですね。ほんとにありがたいです」
考えてみりゃ、近衛騎士団や王都守護魔術師団の団長さんたちが良くしてくれてたんだよな。そのおかげで俺は無事に家に帰れたし、シノーペやファンランといった心強い仲間と一緒にいることができた。もちろん、テムもそうだ。
ま、おかげでバート村の村長さんになっちゃったりこうやって戦争に参加したり、と大変なことは大変なんだけれど。
「ですが今回、向こう側が攻め込んできたことで反撃する正当な理由が作れました。そう、ドヴェン卿はお考えなのですね?」
「そのとおりです。さすがに国王陛下も、このまま放っておくことはできないでしょう」
不意に声を低くしたサファード様と、同じように少しだけ低い声になったリコリス様の会話が、それまでちょっぴり和んでいた室内の空気を一変させた。
まだ、戦は終わらない。
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