88.物理的に斬り捨てる
ゴルドーリア領内に侵攻してきたベンドル軍。そのほとんどは戦死、もしくは捕縛となっているだろう。ほんの一部、何とか逃げ帰った者がいるかもしれないけれど。
「本来であれば、ベンドル軍は敗北しているのですから交渉の余地はある……はずなんですけど、相手が相手ですからねえ」
「ベンドルの目的は『神なる水』ですわ。それがもうすぐかれますよ、と素直に申し上げたところで納得する相手ではないですよね」
サファード様が難しい顔で、リコリス様が眉間にシワを寄せながら、敗者であるはずの敵国について語る。ま、要は聞く耳持たない相手だよね、ってことだ。
「それですむなら、北の大地で長々と怨念溜め込んでおらぬわ」
「確かに、そうですわね」
テムもはっきりきっぱり言ってしまったもんだ、うん。そうだよなあ……長々と、寒い寒い場所でいつか都に帰るんだー『神なる水』を手にして世界のトップに立つんだー、ってよくやってられたのは、過去の恨みを延々と溜め込んでいたからだ。
そういう相手に『神なる水』がかれたから来ても無理だよ、とか説得しようとしても多分、あちらは聞かない。もしかしたら、かれたのはお前らのせいだって逆ギレするかもしれない……あ、元王太子殿下や元宰相閣下のせいだからこれは間違ってないか。
「新王都では既に、陛下や大臣の方々の間でお話が持たれているようです。おそらく我がドヴェン家とそちらのブラッド家にも、軍備に関する命令が来るのではないでしょうか」
「最前線ですからね。せめて防衛の方をやらせていただきたいものですが」
新王都。今いる旧王都よりも南で、ほどほどに気候のいい場所らしい。そちらに移動した国王陛下とかこの国のトップ連中は、人が戦してるのを見ながら今後について会議していたわけか。
いやまあ、戦闘訓練も大してやってないだろうお偉方に出てきてこられるよりは、身のある話をまとめてもらってたほうがよっぽどマシだけどな。その結果がどうなってるかはまた別の話だ。
やれやれ、と全員でため息をついたところでふと、サファード様が「おや」となにかに気づかれた。
「ムッチェ伯爵家は、どうなるんでしょうか?」
「あれは使い物にはなりませんわ。当主家がベンドル寄りの考え方に犯されましたので、父上は今頃斬り捨てておられると思います。物理的に」
「物理的に」
サファード様の疑問に、リコリス様がしれっとお答えになる。その最後に付け足した言葉を思わず、俺は復唱してしまった。
意味がわからないわけじゃない。マジか、と言いたくなる意味でだ。そう言えばムッチェ伯爵家って、ドヴェン辺境伯家の分家だっけ。昔に分かれたんだろうけれど、貴族って変なところで血筋重要視するからな。まだ、つながりはあるんだろう。
で、そのつながりのある相手を、物理的に斬り捨てるってつまり。
「見捨てる方じゃなくて、ズバッと、ですか」
「表向きには病死ということになりましょうか」
「我は何も聞いておらんぞー」
わずかに口の端を引きつらせているサファード様に対し、リコリス様は平然としておられる。そっぽ向いたテム、多分その態度が正解なんだろうな。
……ところでサファード様。メルランディア様やセオドラ様に対して何か問題を起こされた場合、その相手を『病死』にしそうなんですが、あなたが。いや口には出さないけど。
まあ、何も考えないことにしよう。怖い人は怒らせないのが一番、なんだけど勝手に怒ってくる場合もあるからなあ、某二人組とか。
「それより……ベンドル寄りの考え方、か? そなたの身内が、そちらに染まったのかえ」
「あ、はい」
テムが話の方向性を変えようと、質問をリコリス様に投げてきた。
ベンドル寄りの考え方、つまり世界の覇者は王帝を戴くベンドルであるという感じの考え方に、ドヴェン辺境伯家の分家であるムッチェ伯爵家の人間が同意した、ってことになるもんな。そりゃ気になるか。
「現在の王帝が宣伝ビラを撒かせたのはご存知……ですか」
「あ、うちの村だけでも両手いっぱいに拾いました」
「ランドでもかなり回収しましたね。領内に撒かれた分は、だいたい回収できたはずですが」
めんどくさかったな、あのチラシの回収。中には勝手に焚き付けに使ってた人もいたんで、完全に回収はできなかったけれど。
なお集めた分は、風呂の湯を温めたり台所で料理を作ったりするのに使われたとか何とか。うちは確か、テムやエークのお風呂に使うお湯を沸かしたかな。
「ドヴェン領内では全て燃料に回したのですが、ムッチェ領内の一部があの内容に賛同しました。ベンドル軍の侵入経路は、彼らによって作られたものです」
……マジですか。そりゃ、ベンドル軍が入って来られるわけだ。わざわざ、道を開けてくれる貴族がいたんだもんな。
というか、それって要するに、ゴルドーリア王国への謀反と言われてもおかしくないわけで。
「その先頭に立ったのが、当主家だったと言うわけか。そなたの父が斬りに行くのも、無理はなかろう」
「そういうことです。領地の方はもともと分家ですので、そのまま我が領地として吸収されることになるでしょう」
テムの呆れ半分の言葉に、リコリス様はげんなりしたお顔で頷かれた。身内の不始末をご当主が張本人に責任取らせて、後始末をどうにかした、と。何かお疲れさまです……あと、あのチラシに影響される人がいるんだ、とちょっとびっくりした。
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