71.挟み撃ち依頼
テムが結界で守ってくれているブラッド公爵領、領主一族と彼らの配下たる軍隊が強力さを誇るドヴェン辺境伯領。
このふたつの領域に入り込もうとしたベンドル王帝国軍は、ことごとく排除及び捕縛された。
情報でしか知らないけれど、辺境伯領と境を接する王帝国側はすごいことになっていたらしい。あまりに鉄臭い匂いが蔓延していたので、ひとまず凍らせた上に風で王帝国領側に吹き飛ばしたとかなんとか。
「さすがに、全部は防げなかったわけですか」
「
ベンドル軍侵攻についての情報をランディス邸に持ってきてくださったセオドラ様は、そう俺に答えてくれてはあとため息をついた。
あちらと国境を接している領地は、守りきった二つ以外にもう一つあるんだよね。ムッチェ伯爵家領地。ドヴェン家の分家……らしいんだけど、大昔に分かれたこともあってか本家ほど強くないらしい。いや、強さのレベルが違うんだけどさ。
あと、ベンドルとの国境は本当にちょっとだけ接してるだけだったはずだ。
ただ、どうも今回のベンドル軍部隊相手には、ちょっと分が悪かったらしい。主に環境面で。
「ムッチェ伯爵領の境界付近にある湿原から、数部隊が侵入した可能性があるのでござるかあ」
情報書類に目を通したファンランが、「追跡自体が面倒でござるな」と頷くのも無理はない。
湿原、湿った草原。ベンドルとムッチェ伯爵領の国境地帯に広がるそれは水分が多くて足がズブズブ沈むらしく、歩くのが大変な場所だ。
移動にはソリ……いや、小型の船を使うのが一番なのかな? ただ、それでもオールや舵などに草がまとわりつくなんてこともあるとかないとか。
そういう事もあって、あまりしっかり警戒していなかったらしい。湿原周辺も森があって、警備も面倒だろうし……と言っても国境だよね?
「まあ、それは我らに責任などないな」
「ないですね。ムッチェ伯爵領はドヴェン辺境伯領の向こう側ですし、辺境伯の一族が敵を取り逃がすとは思えないし」
うにゃーんと俺の膝の上で伸びてる猫テムの呆れ声に、セオドラ様も大きく頷く。そりゃそうだ、そんな遠いところの話に俺たちが関係するか。
……俺たちはともかく、ムッチェ伯爵家の本家ということになるドヴェン辺境伯家の方はどうなんだろ。なんか今頃、分家の当主が本家の当主にしばかれてる気がしなくもない。ただの想像だけど。
「まあ、辺境伯もそのくらいは予測していたらしくてね。先回りして、元の王都にとある方々を放り込んでおいたんですって」
そうおっしゃって、セオドラ様が別の書類を渡してきた。目を通して見て、その内容にクラっと来る。
「セオドラ様がかたがた、とおっしゃるのであれば辺境伯のご一族の方々、ということでござるかな?」
「ええ。末娘のリコリス嬢と、その直属使用人の皆さん。……この場合の使用人とは護衛、斥候、騎士兵士その他諸々の意味も含むそうよ」
ファンランの疑問への答えが、書類の中身なんだよね。ドヴェン辺境伯家の末娘リコリス様、専属メイド兼護衛騎士ジェンダさん、その他いろんな方々に関する資料だし。
というか、十三歳でかつての王都、敵の目的地の守りに出されるってまあつまり……強いんだよな。どの意味でかは知らないけれど。
「多分、私たちが考えているような感じとは違うんでしょうね?」
「か弱い姫君、という噂は流れてきているの。でも、多分基準が辺境伯家でしょう? 少なくとも私よりは強いわよね」
シノーペの疑問、というか確認をセオドラ様の答えは肯定したことになるかな。書類の内容と合わせて考えると、どうやら物理的に強いということになるようだ。
末娘、しかも十三歳でセオドラ様よりお強いリコリス様が『か弱い姫君』評価である。ご当主などはどのくらいの強さになるんだろう、というかベンドル軍があちこちに部隊を分散させて侵入を試みる理由がよくわかった。全部ぶつけたら全滅するもんな。
「で、ですね。王家からの要請なのですが」
あ、セオドラ様がこほんと咳払いされた。そうだよな、ここにおいでになったってことは何か用事があるからだものな。この報告書だけでなく、他にも……って王家から要請か。
「旧王都近くにそろそろ出てきそうなのでリコリス様御一行と近衛騎士団、王都守護魔術師団、それに王国正規軍の連合で潰しにかかるつもりなんだって。それで、私たちにはできれば後ろから殴ってほしいそうよ」
「……あー」
ほら。
要は、旧王都に向かって迫っているベンドル軍を背後から潰せ、最低でも挟み撃ちにしろと。
……セオドラ様が持ってきたってことはブラッド公爵家に来た要請なわけで、多分テムを当てにしてる部分はあるぞ。
「ああ、だから『要請』なんですか。テムの結界を当てにしてる部分が多分にあるから」
「そうなの。神獣様に命令、なんてあの元王太子組くらいしかしないでしょうし」
やっぱりなー。
とはいえ、放ったらかしにしとくのも何だし……もうすぐ『神なる水』がかれる旧王都だけど、そこを拠点にしてベンドルがそれこそ王国全土の支配を狙う可能性だってあるしな。
「……キャスバートには拒否権がある、と私は思う」
「え?」
セオドラ様の言葉に、俺は一瞬目を見張った。
拒否権って、要請とはいえさすがにどうなんだろう。
「だってさ、結局ほとんど誰もいない王都とか守れってことでしょ? そりゃあ、近衛騎士とか魔術師たちとかはいるけれど」
なんだかセオドラ様、頬を膨らませている。もしかして、元王太子殿下とか元宰相閣下とかがいるところを守るってのが気に食わないのかもしれない。
まあ、確かにちとむかつくけどさ。
「シノーペ、ファンラン、あなたたちはどうする? テムはキャスバートと同意見になるでしょうけど」
「私は、ランディスさんの決定に従います」
「自分も、ランディス殿に従うでござるよ」
「当然、我もマスターに従うぞ」
話の矛先を向けられた三人は、あっさり俺についてくると宣言してくれた。……神獣であるテムまで、いいのかなと思うんだけどそもそもここまで来ちゃってるからなあ。
「いかがしたいでござるかな?」
ということはつまり、俺がはっきりさせないといけないってことだ。まあ、決めてるけどさ。
「要請を受ける。『神なる水』を守ってる誰かさんはともかく、旧王都にはマイガスさんやアシュディさんがいるからね」
「いいのね?」
「ああ」
セオドラ様の確認にも、しっかりと頷く。室内の皆に視線を向けたら……あ、何で全員やっぱりなって顔してるんだ。俺の考え、読まれてたか。
「ランディスさん、真面目でお人好しなところありますから」
「こういう要請が来れば断りはしない、とでも国王陛下に思われていたかもしれないでござる」
「まあ、マスターだからなあ」
「そうねえ、キャスバートだものね」
……全力で読まれてたようです。まあ、一緒に来てくれるみたいだしいいか。全力で頑張るとしよう。
「我、暴れてよいのか?」
「敵に遠慮はいりません神獣様のお心のままに、と国王陛下から一筆頂いてありますね」
「うむ、よく分かっておるな人の王」
何やらテムはやる気のようだし、国王陛下はどうぞよろしくという感じだな。ちゃんと正規軍も派遣してくれるみたいだし、完全に丸投げということにはならないようだけど。
「ああ、ファンラン。多分縄が足りないから、縛る相手は厳選するように」
「しょ、承知でござる!」
思い切りにやにやしていたファンランに釘を刺したのはまあ、念のため。いやほんとに、程々にしてくれよ?
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