72.出立

 ほんの数日ほどで、旧王都から少し離れた場所……というか、王都を出てきたときに途中で立ち寄った街の近郊でベンドル軍部隊発見の報が入った。まだだいぶ距離があるとかなんとか……情報持ってきた兵士さん、うまく避けてきたな。

 あの街だと、もうあっちが旧王都にたどり着く方が俺たちが追いつくより早いと思う。あーリコリス様御一行にマイガスさん、アシュディさん、頑張ってくれよ?


「私の代わりに、存分に暴れてきてちょうだいね? 留守番は任されるから」


「は、はい」


 そんなわけで、俺たちは急いで出立準備を……いや、話が来たところで準備はしてたけどさ、ちゃんと整えた。こんなにすぐに来るとは思わなかったからな……今回はシノーペも来てもらうこともあって、村はセオドラ様が任されてくれることになった。


「ついでに、この前ファンランが縛って持ってきた連中とじっくりお話もするけれど」


「そちらはお任せするでござる。何であれば、もう数名持ち帰ってもよろしいでござるが」


「歯ごたえのある相手にしてね? すぐ口を割ってくれても、面白くないの」


「もちろんでござる!」


 ……目的はそれですか。程々にしてくれよなあ……あーうん、前に縛られた連中はほぼサファード様が穏便にお話されたそうだけどさ。

 お腹にお子がいなければメルランディア様もご一緒されてただろうと考えて、何かぞっとした。俺もその一族ランディスブランドの端くれだぞおい、その穏便にじっくりお話とか、やればできるのかもしかして。やらないけど。

 というか、何でそういうところで気が合ってるんだろうなあ、あの二人。


「……あー。本当に縄は限られてるからな? ファンラン」


「承知でござるよ!」


「ははは……どのくらいの大物が捕れるか、楽しみですね」


 いやサファード様、さすがに止めましょうよ。というか大物捕りたいのか……ああ、まあこの場合の大物って要はベンドル軍の幹部とかそういうことになるか。なら、捕ったほうがいいかな。

 それにしても、公爵配偶者が自ら部隊を率いて領地の外に出て、大丈夫なのかな。テムの結界は信頼してるけど、それ以外にいろいろ。


「サファード様、ご自身が出られて大丈夫なんですか?」


「大丈夫ですよ。メルにはコーズがいますし、神獣様が展開してくださった結界もありますから」


「ああ、コーズさんはメルランディア様の護衛を」


 そうか、あの人がついててくれるわけか。犬系魔獣をびっちりしつけ、お手紙から間諜潰しまで何でもござれという話が流れてきたんだけど……間諜といえばこの間、うちの裏でひっくり返ってたやつがいたっけ。ま、他にもいろいろいるんだろうな。


「そうね。姉上が気づく前に、コーズがお掃除を済ませそうだから大丈夫!」


「ええ。メルの視界に入れてしまっては、胎教にも悪いですからね」


 よほどコーズさんと魔獣たちの実力に自信があるのか、セオドラ様もサファード様も笑顔でそんなことをおっしゃっている。確かに、メルランディア様のお目にかけてしまっちゃこう、なあ。というかメルランディア様ご自身がぶっ飛ばしちゃいそうだし。


「お掃除、でござるか?」


「多分、跡形もなくきれいにお片付けってところかしら?」


 で、その話を聞いてファンランとシノーペが首を傾げながら微妙に物騒なことを言ってくる。

 ベンドルでは潜り込んできた間諜や反逆者などを魔獣に食わせるとかなんとかいう噂が、まことしやかに流れてるんだよな。実際のところは誰も見たことがないから、確認できないんだけど。

 これは、サファード様やセオドラ様ががっつりお話した相手からも聞き取れなかったそうだ。本当に、どうなっているのやら。


「ああ。コーズを始め我が領内で使われている魔獣には、人肉食の癖はつけさせていませんよ? 魔獣に人の肉を食べさせると癖になって、そのうち使役者も襲いかねませんからね」


『は、はいっ』


 とは言え、少なくともブラッド公爵領内ではそういうことはなさそうで一安心。ああ、王都近辺でもそういう話はなかったと言うか、そもそもそういう発想に至るやつがいないと言うか。


「……エークリール。そなたは食っておらんな?」


「にゃん!」


 その一角たるエークも、テムの質問にもちろんですとばかりに大きく頷いた。なお、テムと同じでサンドラ弁当はお気に召した模様である。いやー、サンドラ亭がこっちに移ってきてくれてよかったよ。俺もあの味は好きだし。


「まあ、こやつも使役者がアレだったからな。さすがに、そこまではやる度胸もなかっただろう」


「ああ、そうだったなあ」


 テムの言うアレって、つまりヨーシャのことか。今、『神なる水』の結界を頑張って維持してるんだろうなあ。

 とりあえず、あっさり死なせるのもちょっと気分が悪いしなあ……ベンドル軍をぶっ飛ばすしかないか、うん。


「さて、そろそろ行きますよ。皆さん」


「あ、はい」


 サファード様の呼びかけに応えて、俺たちはバート村を後にする。基本は騎兵と歩兵、様々な荷物を載せた荷馬車。


「しっかりつかまっておれ、マスター」


「うん、ありがとう」


 そして俺は、猫エークと一緒に獅子テムの背中の上に乗っていた。一応鞍みたいなものをつけてもらってるので、安定はしている。

 ……まあ、こんなんが背後から襲いかかったらベンドル軍も驚くかもなあ。そういう、視覚的効果を期待してらしいよ。


「マスターを背に乗せての旅、大変に気分が良い! 我、頑張るぞー!」


 もっとも最大の効果は、こんな感じでテムがノリノリなところだけど。

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